そこで、たまたま顔見知りの社員が出てきた。挨拶をする二人に、その人はひどく驚いて、お父さんは午後休をとっているのだと教えられた。

 沙雪さんは、ショックを受けていた。知らなかったから。
 おまけに近頃は残業もほとんどないと言うが、お父さんは連日、風斗くんが寝る頃になって帰ってきている。

 明らかに動揺した様子の沙雪さんと帰宅し、ぎこちないながらもいつも通りに夜を過ごしながら、父親の帰りを待った。
 帰ってきたのはやっぱり、風斗くんの眠る前。
 それも、いつものように会社から帰ってきた口振りで話していたのだ。

「ママ、あれから元気がなくって……。パパにはあの日のこと、ぜったい言っちゃダメっていうし」

 ぼくがわるいんだ、と。
 風斗くんの目からぼたりと雫が落ちる。

「ぼくがパパの会社にいきたいなんて言わなきゃ、ママも元気なままだったのに。ママ、もうすぐたんじょうびなのに、ずっと、かなしそうなままで……」

(それって、まさか)

 浮気、という言葉が過る。
 けれど風斗くんに言えるわけがない。

『思いもしない、事実……』

 あの時の憂いた表情は、そういう理由が。

「ママ、もうすぐ誕生日なのか」

 宥めるようなマオの声に、はっと意識を眼前に移す。
 マオは風斗くんの顔をテッシュで拭きながら、

「ママはなにが好きなんだ?」

「……りんごのシフォンケーキ。きょねんのおたんじょうびは、ぼくもいっしょにお手伝いしてやいたんだよ」

 ほら、と指さした先には、壁に飾られた写真。
 数枚が並ぶ中央には三枚の写真が飾られていて、どうやら三人のそれぞれの誕生日を祝った時のよう。
 マオは「そうか」と風斗くんの頭を撫で、

「なら、ご飯食べ終わったら、ママの大好きなりんごのシフォンケーキの絵を描くか。それで、"おたんじょうびおめでとう"っていれてさ、誕生日にサプライズでプレゼントしてあげてみたら、喜んでくれるかもしれないぞ」

「……かく」

「うし、じゃあまずはしっかり食べないとな。風斗まで元気がなくなっちまったら、ママを笑わせられる人がいなくなっちまうだろ?」

「……うん」