けれど流れる空気は、善次郎の時と同じほど真剣で、気まずく重々しい。私は、その空気に押し潰されそうになるのを耐え、ゴクリと生唾を飲み込んでから「と、父様」と呟く様に呼びかけた。
「も。もう一度、もう一度仰って下さいませんか」
 薪が入った重たい籠をどさりと降ろし、ストンと父様の前に膝をつくと。父様はガバッと私に向かって額ずき「頼む!」と声を張り上げた。
「お前を見初めたと言う話で、ここら一帯を治める伊達家のご当主、伊達総次郎輝宗(だてそうじろう)様の次男伊達小十郎政道(だてこじゅうろうまさみち)様からお声がかかったのだ!断る事は出来ない!小十郎様の所に嫁いでくれ!頼む!頼む、りん!」
 ごんっと額を強く付きながら懇願され、「父様、お止め下さい」と慌てて顔を上げさせる。額は赤々と腫れ、厳めしいお顔に不似合いの傷が付いてしまわれたが。訴える顔つきは、鬼気迫るものを感じた。
「ただの村人があの伊達家に逆らうなぞ出来ぬ事よ、分かっておるな?お声がかかっただけでも奇跡と言うものぞ。名誉ある事だ、りん。お前が伊達家に嫁ぐとなると、家も栄える。頼む、伊達家に嫁いでくれるな?喜んで嫁いでくれるよな?」
 有無を言わさぬ口調に、私が息を飲んで臆していると「それに」と追い打ちをかける様に言葉を重ねられる。
「想い人もおらぬだろうて?仮にあったとしても。お前を見初めたのは、奥州一の大名家伊達のご子息ぞ。天下の伊達家じゃ、どんな男も敵わぬわ。故に、誰かを想っていたとしても、すぐに忘れる事となろうぞ。お前はこれ以上無いと言う程の幸せを手にできるのだぞ、あの伊達家に嫁ぐのだから。それほど名誉で幸せな事だろう?」
 ガシリと肩を力強く掴まれ、必死の形相で「な?」と訴えられた。
 これでは善次郎に結婚を申し込まれて、迷っているのですと言う話なんか切り出せない。
 善次郎は一介の村人。それに比べて、父様に命じたのは、ここら一帯を治める国主のご子息。父様が選ぶのは、言葉にせずとも決まっている。
 この話には、私の意見なんか存在しないわね・・・。
 私は「父様」と小さく呟く。すぐに目の前から「なんだ?」といつもの様に言われるが、どこか険が含まれていた。まさか断らないだろうな、と威圧しているのがよく分かる。
 私はその声に、毅然と背筋を伸ばし、しかと父様を見据えた。