胸元にお守りとして忍ばせている笛に手が自然と伸び、軽く握ってしまう。その刹那、庭園の木々の葉が鋭く吹く風に揺らされ、ざわざわと擦れ合った。何かをかき立てる様な騒ぎ具合。空を悠々と泳ぐ鷹も、甲高く一鳴きした。
 私は変にドキリとしながら、前を歩く女房の方についていく。
 そうして「あちらのお部屋にいらっしゃいまする」と丁寧に告げられると、いよいよだと心臓もビキビキと痛む様に鼓動を打ち始めた。
 大丈夫、大丈夫よと何度も自分に言い聞かせ、痛みを誤魔化す様にふううと長く息を吐き出す。
 そして障子の前で膝をつき、カラリと開けられる障子に合わせて深々と額ずいた。
「面を上げよ」
 障子を開けた向こう側から聞こえた声は、思っていたよりもうんと若い声だった。まだどこかあどけなさを残した声。
 私より年上の方だと勝手に想像していたせいもあって、そんな若い声に少し唖然としてしまいそうになったけれど。従順に、ゆっくりと面を上げる。
 そして顔を上げた先で、私の想像は再び砕かれた。否、私の想像の全てと言う方が、正しいかもしれない。
 奥の上座に鎮座する、眉目秀麗な武士。このお方が陸奥の一帯を治める、伊達家ご当主総次郎様の次男小十郎様だと、一目見て分かった。
 私と同い年か、一つ二つ年上の殿方に見えるけれど。纏っている覇気や、胸の内に抱えている、煮えたぎる様な闘志のせいで年相応に見えない。
 若いながらも、雄弁に語る威厳があり、しっかりと栄華を極める伊達家の血を受け継いでおられると分かった。
 けれど不思議と、その威厳さが霞む様な恐ろしさを感じ取ってしまう。何が恐ろしいとは具体的には言えないけれど、気圧されてしまう「何か」が、確かにあった。
 村では、こんな殿方はいなかった。例え大人達が束でかかっても、このお方には敵わないと思う。容姿から力、何から何まで。きっと、このお方の足下にも及ばないだろう。
 そして小十郎様の横と脇に控える様に座っている、息を飲むほど美しい女性達。煌びやかな衣で作られた小袖や打掛で身を包み、口元を扇で隠し、楚々としている姿には、同性の私でもドキリとしてしまう婉然さがある。
 その中でも一番ドキリとし、際立つ様に美貌が輝いていたのは、小十郎様の隣に控える女性だった。けれどその方の目は鋭く、冷ややか。私を見つめる目は、羽虫でも見ているかの様な目つきだった。