凌は、高2の夏頃から私よりも彼らとの時間を優先するようになった。
 2年になって新しく仲良くなった友達グループから誘われることが増え、最初のほうこそ私に遠慮していたようだけれど、それもおざなりになって休日や放課後も頻繁に遊びに出かけていた。

 しかも、悪いことにそのグループには女子もいたのだ。
 グループの一人のSNSでは、凌に腕を絡めて笑顔を浮かべた女子が映った写真を目にすることも多々。
 そのことに寂しさや嫉妬を感じた私は、一度だけ文句を言ったこともあった。
 それこそちんけな連ドラの主人公が口にしそうな「仕事と私どっちが大切なの?」と大差のない言葉だった気がする。
 それに対する凌の答えは、『お前とはいつでも会えるんだから少しくらい我慢しろよ』というなんとも冷徹なものだった。

 違う、そうじゃない、と叫びたくなるのをぐっと飲み込んだあの時のツラさは今でもよく覚えてる。
 別に友達と会うのをやめてと言っているんじゃなくて、私がさみしいということを”わかって”欲しかっただけなのに。

 それからも、何度か話し合おうとしたけれど、ことごとく流されてしまった。
 でも、二人で会えば凌は優しいまま。別れるなんて選択肢は出てこなくて、私が我慢すれば良い事だと気持ちに蓋をした。
 今では、さっきみたいに私から進んで送り出すほどに”あきらめ”となっている。

 そんな私の態度に、周りは「寛大な彼女」というレッテルを貼ってなにも疑いもしない。家が隣同士だからいつでも会える、というのが私たち二人が長続きしている最大のメリットだと感じているみたい。
 私も最初はそう思っていたけど、今ではそれこそが最大の負の要因でしかなかったと言い切れる。
 人は、いつでも会える相手のために、無理やり時間を作ろうとはしないから。

「かすみ」
「…」
「お前、帰らないの?」
「え?…あぁ」

 ぼうっとしていた。
 教室は、支度をしたり足早に下校したりする人たちでざわついている。さっきまで何をしていたのか思い出せない頭で見上げると、心配そうな表情の凌がいた。私のことを心配してくれていると思うと、嬉しくも、切なくもなる。

「不安なのか?」

 何が、だろう。不安な事は、たくさんある。どれのことを言っているのかわからず返答に躊躇っていると、ドアの方で誰かが凌の名を呼んだ。

ーーーいかないで。

 たった5文字の言葉が、言えなかった。今も、今までも。

「ほら、呼ばれてるよ。早く行ってあげたら」

 口から出たのは、ほら、こんな言葉。

「…」

 凌はまた、なにか言いたげな顔をする。
 やっぱり、私が口を出すことを快く思っていないのかもしれない。

「今日、夜顔出すわ」

 うん、とだけ頷いて、手を振る。
 はやく行きなよ、と言わんばかりに。
 そんなわたしに、凌は背を向けて小走りに教室を出ていった。

 何度、彼の背中を見送っただろうか。
 何度、行かないでと思っただろうか。

 そのたびにこみ上げてくる切なさに、何度涙しただろう。
 こんなに悲しいのなら、終わらせてしまったほうが楽になれるんじゃないかとずっと思っていたけれど、それでも、どうしても、私から断ち切ることは出来なかった。

 どうしようもないほどに、凌のことが好きなのだ。

 それは、今も変わらない。

 でも、それと同じくらい、いや、それ以上に、苦しいーーーー