「ーーーかすみ!ごはんよー、手伝ってちょうだい」

 母の呼ぶ声で、沈みかけていた意識が引き上げられた。

「いま行くー!」

 鈍く痛む頭を起こしてベッドに腰掛ける。だんだんとクリアになっていく頭で、もう一度思い出すあの頃。

 あの頃は、幸せだった。
 長い片思いが両想いになって、一方通行で行き場のなかった気持ちを伝える先ができたのだから。
 あの時、誰かに取られるのが嫌だと言っていたのは、高校に入り、私と凌の幼馴染という関係を知らない人が増えたことで、私に手を出す男が現れるのではないか、という不安にかられたのだとか。
 あの時は、それほどまでに、私を求めてくれていたのに…。

 重ねてきた凌との日々は、当たり前のように過ぎていった。
 
 きっかけは、確かにあった。
 そして、少しずつ少しずつズレが生じて、そのズレに気づかないまま進んできて「今」があるのだと思う。

ーーー違う。

 少なくとも私はそれに気づいていた。でも、気づいていたのにそれに蓋をして見て見ぬふりをしてしまったのだ。そして気づいたときには、手遅れだった。
 だから、もう…。

「かすみー!」

 再度、母が私を呼ぶ声がして、さっきと同じ言葉を返す。
 ふと、時間が気になって開いたスマホの待ち受けを見れば、乾いたはずの涙がこみ上げてきた。スマホの中で幸せそうに笑っている私たちが、みるみる滲んで見えなくなるのを止められない。
 そう、あの幸せだった日々は、戻らない。
 だって、あの日のあなたは、もういないから。
 涙を袖で拭って、私は立ち上がる。
 通知音を鳴らすことのないスマホをベッドに置き去りにしてーーーー