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ティーの用意した温かい朝食を済ませ、次に旦那様が向かったのは浴場。少し熱めの湯が張られたバスタブのそばで、ティーがにこやかに迎え入れた。

「さあさ、旦那様。今朝は薬湯(やくゆ)にしてみました!お体の疲れが取れますよ!」

対する旦那様は、いかにも嫌そうに眉をひそめる。

「……いつも言ってるが、僕は湯浴みくらい一人で出来る。介助は要らない。」

そう反抗し、頑として衣服を脱ごうとしないのだ。

「いいえ!旦那様は万年寝不足ですから、どこで寝落ちするか分かりません!目を離したせいでバスタブで溺れたら大変でしょう!」

今朝は贈り物の山の中。これはまだ可愛い事例だ。
ある時は窓の(へり)。ある時は中庭の低木の中。またある時はベッドの天蓋の上。
頑なにベッドに入らず、代わりに思いもよらない場所で眠りに落ちる主人を見つけるたび、どれだけ寿命が縮むことか。
溺死だけは洒落にならないと、せめて湯浴み中は必ず介助するのがティーの信条だった。

「…そんなに僕が信用ならない?」

「旦那様を危険からお守りするのがわたしの仕事ですから!」

「…………。」

自信たっぷりに言い切ったティー。
こうなっては言いくるめるのも面倒に思え、旦那様はいつもの通り、諦めて自身のシャツのボタンに指をかけるのだった。

淡い緑色の湯に浸かれば、さっきまでのつれない態度はどこへやら。旦那様は目を閉じ、体に染み込むお湯の温かさを堪能する。

ティーは湯差しに入った温めの湯を、優しく主人の肩へ注ぐ。

「旦那様、いつもお仕事お疲れ様でございます。塔の応接間への入室を許してくださらないから、どんなお話し合いをされてるかは、わたしちっとも知りませんが…。」

こっそり聞き耳を立てようとも、あの重厚な扉は、中の音を少しも外に漏らさない。
旦那様も教えようとはしない。いつしか、ティーにはそれが自然なこととして受け入れられた。

「……何度も言ってるだろう、ティー。
仕事の話は……、」

「ええ、承知しておりますとも。わたしは旦那様の身の回りのお世話をするだけ。お仕事の内容は気になりますが、詮索はいたしません。」

ティーが小さく「ただ…」と続ける。

「…わたしが心配なのは、旦那様のお体に障らないか。それだけなんですよ、ほんとに。」


肩に注がれる湯の温かさを感じながら、旦那様は薬湯に顔を少し沈める。

「……ティー。玄関ロビーの床が泥の足跡だらけだった。掃除しておいて。」

「えっ!野生のキツネかアナグマかしら……あっ!!食料庫の鍵開けっぱなし!!」

ティーは食料庫の大惨事を想像し真っ青になる。そして、主人を一人残すことも構わずに、大慌てで浴場から飛び出してしまった。

「…………………。」

水面から顔を上げた旦那様は、ばつの悪そうな顔を真っ赤に染め上げて、ティーの走り去った方向をしばらくの間見つめていた。