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「あかね、ちょっと身の回りの整理をした方がいいぞ」
「ふぁ?」
帰宅途中の駅のショッピングセンターにあるフードコートで光輝に指摘されて、あかねは間抜けな声を返した。光輝はずずっとラーメンをすすると、それ、とテーブルに置いてあったあかねのスマホを指さす。ドーナッツを食べていたあかねは「ふふぁほ?」と目をくるりとさせた。
「あー、隣の席からスマホの中身、見られないとも限らないもんねえ。あかね、ファンであることを隠すんなら、いっそのことスマホのフォルダの画像、どうにかしなきゃ。ファンじゃないのに玲人くんの画像そんなにいっぱい持ってんの、全然説得力ないよ。大体スマホのフォルダなんて好きなものしか入ってないんだから、人から見たら、その人が何が好きかって直ぐに分かるわよ」
私の彼氏が、まだ付き合う前からフォルダを私の画像でいっぱいにしてたからね。凄い嫌で止めさせたかったけど、止めてくれなかったし。
そんな優菜のプチ情報と共に語られた、優菜の冷たい一面に触れて、いや優菜ぶれないな! と尊敬する。って、そうじゃなくて!
「そんなこと言ったって、玲人くんの存在は私の生きる元気の源であり、支えとなる大切なものなんだもん! 玲人くんを推すことを止めろって言うのは、私に生きることを止めろと言うのと同じことなの!! イコール、む!! り!!」
そう叫ぶと、光輝も優菜に同意するかのように端的に言葉を発した。
「全消去。全消去だよ、あかね」
「ば……っ、馬鹿なこと言わないで!! 画像(これ)は私の宝箱だよ!? 生きていく為のいわば酸素! 光輝だって、酸素なくなったら死ぬでしょ!?」
「そりゃ酸素なくなったら地球上の生き物、ほぼ全滅だけど、俺はスマホのフォルダを空にしても別に死なないし」
くっ! これだから心に推しを持たない人間は嫌いだ!
「ロック画面もどうにかしなきゃ。ってか、むしろロック画面を最初にどうにかすべきじゃないの?」
二人して次々と文句をつけるな!? あかねの推し活を分かってくれているのだろうか?
「無理言わないで、優菜! この微笑みがあるから、私は毎日頑張っていられるのに!!」
「でも、隣の席から覗き見られるってんだったら、ロック画面が最初だろ。今のあかねには実物の推しが居るんだから、画像の推しはどうでもよくね?」
ああ、二人とも分かってない!! 学校を出てしまったら、玲人の顔が見れないではないか! その為の画像なのだという事を、この人たち全然分かってない!
「光輝は兎も角、優菜は分からないかな!? 例えば、片時も離れず好きな人の顔を見てたいってならないの!?」
「うん、ならない」
あ~、彼氏が居るとはいえ、こういう話は優菜みたいなドライな女子には通用しないのか!! あかねは頭を抱えた。
「っていうか、二人とも玲人くんが私のスマホを盗み見する前提で話してるけど、玲人くんはそんな礼儀知らずじゃないから、盗み見なんてしないよ! 見るなら私に断ってからだし、その時には私が玲人くんにロック画面も見せないように操作するから、なんの問題もないじゃない!!」
タップするだけで推しのご尊顔を眺められる最高の状況を変えたくなくて、あかねは二人に反論した。二人には、そこまで言うなら、好きにしたら? と最終的にさじを投げられたけど、まあいい。これでどこに居ても推しの顔が眺められる。一件落着してあかねは満足した。
光輝がラーメンを食べ終わり、優菜もタピオカティーのカップをごみ箱に捨てると、三人は席を立った。
エスカレーターで地上に降りる前に、光輝に断って、あかねと優菜は女子トイレへ向かう。二人して化粧っ気があるわけではないのだが、放課後にリップくらいは許されるだろう。
パウダーブースへ行こうとすると、丁度掃除中の看板が出ており、清掃のおばちゃんが床にモップを掛けてくれていた。
「すみません、使えますか?」
あかねがおばちゃんに問うと、おばちゃんはにこっと笑って、掃除の終わった鏡の前を譲ってくれた。
「どうぞどうぞ。床がまだ少し濡れてるから、滑らないように気を付けてね」
「いつも綺麗にして頂いて、ありがとうございます」
二人でぺこりと会釈をしておばちゃんの前を通り、一番奥の鏡の前に優菜と二人で並ぶ。
こういう、自分たちが恩恵を受けることへの感謝の気持ちを持つことは、カメラや雑誌取材を通して知った玲人の言動に影響されている。
玲人は、自分の為に行動してくれた人に対して、常に感謝の気持ちを持っていた。直接かかわるマネージャーなどのスタッフは言うに及ばず、雑誌のインタビュアーの赤ん坊が生まれればお祝いを渡したことが裏話ページに載ったり、ツアーで出掛けた先の飲食店の店員にまで、演奏のスタッフがはしゃぎすぎて煩くて申し訳なかったと謝罪したりなどの誠実な態度を取っていたという事を、店員さんのSNSで知ることが出来たりした。
自分が在るのは周囲のおかげだと言う玲人の態度をずっと見ていたから、あかねも自然と玲人のように方々(ほうぼう)に気配りできる、心の美しい人になれるよう振舞うようになっていた。
「あかねに影響されて、私も掃除のおばちゃんやコンビニの店員さんにお礼言うことが出来るようになったけど、確かに私たちの為にやってくれているのに、それに感謝も感じずに当たり前みたいに使ってたの、ちょっと失礼だったかも」
「えへへ。玲人くんの背中を見てると、自然とそうなるのよねえ。ホント凄い人だよ、玲人くんは」
「まあ、そうだね。学校でも他の生徒に嫌な思いさせてない所とか、あんだけちやほやされたら、天狗になってもおかしくないのに」
優菜も玲人を認めてくれて嬉しくて口角が上がる。
「でも、玲人くんの前ではミーハーしないでね?」
「まあ、そういう風には出来てないから、安心して。私は陸上で手いっぱい」
心強い親友の言葉が効けて、あかねは満足した。スマホの画像は何とか隠し通せそうだし、玲人にあかねの推し活がバレることはなさそうで、安心した。