「教科書追ってて、先生の板書、書ききれてないと思うから」
下校時刻になって、あかねは今日の授業で取ったノートをそう言って玲人に貸した。
「ありがとう。実は凄く助かる」
ホッとしたような笑みは、転校してきてから今まで見せたことのない、どこか和らいだ安心した笑みだった。やっぱりみんなに騒がれてるのが気になってるんだなって分かるのは、あかねが玲人をずっと見てきたファンだからだろうか。
「高橋さんはさ」
渡されたあかねのノートを見ながら玲人が言葉を発した。推しに名前を呼ばれるなんて、夏休みまでのあかねは想像もしていなかった。やわらかくて耳なじみのいい声があかねの鼓膜をくすぐって、全身の血流がマッハの勢いで駆け巡った。ぶわっと汗腺が開いた気がする。
「僕のことを知らないんだよね?」
……おそらく、いま玲人は、あかねを信用していいかどうか、考えているのだろう。だったらあかねは、玲人の味方で居られるように、玲人の学校生活を守る意味で返事をしなければいけない。
「……転校生の、暁玲人くんでしょ」
あかねがひと言ひと言慎重にそう答えると、玲人はひとつ瞬きをして、それから……ふわっと安心したように微笑んだ。
(あーーーーーーーーー!!! 玲人くんのこの笑顔を個人的に向けてもらえる日が訪れるなんて、私は明日死ぬのかな!?!? 出来れば今の笑みは脳内HDDからアウトプットして、8K画像で私の棺に入れて欲しい!!!)
内心、滂沱の勢いで、信じても居ない神様にサンクスマイゴッド、と祈りを捧げてしまいそうだった。
この笑顔を守りたい。玲人の願いを叶えてあげたい。
今までは玲人に願いや希望があったって、いちファンであるあかねにはそれを叶えてあげる術はなかった。
でもひょんなことから転がり込んだこの状況で、それが出来るチャンスを貰った。だとしたら、あかねが推しの為に尽くすことは、ファンとしては当然の行為ではないか?
「そっか。変なこと聞いてごめんね。じゃあ、暫く勉強でお世話にならせてほしいな。頑張ってこの学校の進みに追いつくようにするから」
「うん。そんなこと、いつでも言って」
あかねの言葉に玲人がありがとう、と応える。そんな個人的なやり取りに、『推しからの!!! 頼み事!!!』と、人生の最大目標が出来た。
絶対にあかねが玲人を推してることがばれないようにしないと。あかねはその日、玲人と一緒に校門をくぐった。