店内のざわめきの中、あかねは玲人に失礼にならないように言葉を探す。

「玲人くんを光輝と同等だとは思ってないけど、むしろ光輝なんて霞んじゃって灰になっちゃってるけど、でも、玲人くんが転入してくるまでの間、小学校でも中学校でも、勿論高校でも、私、光輝と仲がいいっていうだけで結構女子に恨みを買っちゃってて……」

あかねの言葉を、玲人が真面目に聞いてくれる。そのことに力を得て、あかねは言葉を続けた。

「正直ね……、恋がそんなにいいものって思えないんだ……。人のこと恨んだりやっかんだりするでしょ? なんか、そう言う気持ちになりたくないんだよね……、私……。だから私の頭の中に、みんなが持ってるような恋愛劇場ってないの。恋愛劇場で醜い感情を知るくらいなら、玲人くんを推して、次元が違うままの方がいいかなって、……そんな風に思ってたんだ……」

でもね、と、あかねは続ける。

「……この三ヶ月で、画面越しに見る玲人くんとは違った玲人くんを知ることが出来て、なんだか玲人くんとの距離が縮まった気がするよ。それに、私の中の玲人くんデータベースの補強が出来て、嬉しいなって思ってる」

あかねの言葉に玲人が目を瞬かせる。そしてじっとあかねの顔を見つめたと思ったら、じゃあさ、と言葉を続けた。

「じゃあ、リスタートして良いのかな」
「リスタート?」

あかねがおうむ返しに聞くと、玲人はこくりと頷いた。

「あかねちゃん。僕と、付き合わない?」

テーブルを挟んで玲人が真っすぐにあかねと見つめてくる。それはあの夕焼けの教室と同じトーンの声だった。あかねは玲人の言葉を胸の中に落とし込んで、じっと自分の中に問いかける。

神(推し)だったけど、その人は一介の男子高生になってしまった。

彼として受け止めることが出来るのは、クラスメイトとしての彼、そして隣人としての彼、そして?
恋人として、玲人を見れるだろうか?

脳裏に思い浮かぶ、数々の素晴らしい推し(玲人)のエピソード。まだそれらが、正面の玲人を見つめるときに、あかねの目の前をよぎる。
十年間の習性を急に変えることは出来ない。今このテーブルに着いているのだって、クラスメイトとして一緒に来ているから出来るのであって、恋人として一緒にこの場に居られるかと言ったら、あかねのキャパオーバーだ。

「うーん、やっぱりもうちょっと、考えさせてほしい……。決して玲人くんが嫌いってことはなくって、それだけ推しの玲人くんのことも大事だったから、推しの玲人くんを自分の中で上手く軟着陸させて、今の玲人くんを見ることが出来たら良いな、って思うの」

あかねが考えに考えて紡ぎ出した言葉を、玲人はちゃんと聞いてくれた。そして、だったら暫くちゃんとクラスメイトとして行動するよ、と言ってくれた。

凄いな。玲人に恋した女子たちが殺気立った目付きであかねに詰問してきたことを思うと、菩薩のような心の広さだ。

「ごめんね……。優菜にも言われてたんだけど、光輝のこともあって、恋って怖いな、醜いな、っていう気持ちも、まだ無きにしも非ずだし……。みんなが夢中になってる理由も、まだ分からないんだよね……。何がいいんだろうって思っちゃう……」

推し活をしてきて何も不満はなかったけど、一般女子高生としての情緒が欠けているのなら問題だ。そう謝罪すると、そうだったから、僕の気持ちを尊重してくれることが出来たんだね、と玲人が言った。

「普通のファンだった子たちが僕に押し寄せる中、あかねちゃんが距離を保ってくれてたことが、僕がクラスの中で安心できた何よりの理由だから、あかねちゃんが僕のことを崇拝してくれた気持ちも、悪いことばっかりじゃないよ」

あかねの己を叱咤する気持ちを救ってくれる玲人は、やっぱり神だなあ。あっ、もう神とか考えちゃ駄目なのか……。うーん、難しい……。

「ふふっ。この先も時間はたっぷりあるから、僕、焦ってないよ。だからあかねちゃんも焦らないでね」

微笑む玲人のやさしさに内心滂沱する勢いだ。ここで思っちゃいけない。思っちゃいけないんだけど……!!

やっぱり神か!!! と思うことに落ち着いた。