*
「今や時の人だね、暁くん」
優菜がぽつりとウズラの卵を口にしながら言う。
「俺も、お役目御免になったわ。女子の移り気すげーな」
光輝がサンドイッチの最後のひとかけらを頬張った。
お昼休みに、優菜と光輝、三人でお弁当を囲んでいる。玲人はクラスメイトの男子と購買部へパンを買いに行っていた。転校から五日目、少しこの高校のことも分かってきたようで、パンを買いに教室を出ていく姿にもなじんで……。
「る訳ないじゃない……っ!! 相変わらず玲人くんは煌めきオーラ100%の純然たる貴公子アイドルのままじゃない!! こんな平凡な高校に埋もれるような宝玉じゃないのよ!!! この国民の宝、すなわち国宝を、こんなありふれた生活の中にうずめて良いものなの!?!? 否、良くない!! 私は奇跡の宝玉に、何時までも輝いていて欲しい……!!!」
「あかね、心の声、駄々洩れだから」
「自分に正直なあかね、俺は好きだけど」
二人のやり取りに一瞬我に返る。そしてハンバーグをひとかけら口にすると、だって仕方なくない!? と反論した。
「だって今も、購買部から帰ってくるのが遅いのは、絶対どっかでサインとか握手とか、あと写真とかで呼び止められてるからじゃない!! そんな、ファンじゃない子だって夢中になる玲人くんに、私が我を忘れたっておかしくなくない!?」
「うん、おかしくない」
「おかしくないな」
冷静に返されると恥ずかしいな。でもその通りなのだ。
「だからさ~~、もう、毎日が心臓ジェットコースターすぎて、きっと私はもうすぐ死ぬわ」
「いや、死ななくていいから。生きて推しを拝めよ」
「無理!!! 心臓が飛び出そうっていう経験は、握手会以外ではしないと思ってたのに、それ以上の距離感なんだもん!!!」
恥ずか死しそうになって、わあっと顔を覆うあかねに、でも光輝は冷静だ。
「しかし暁も、毎日毎日続くアピールに、飽きもせずに応えるなあ。流石トップアイドルだっただけあるわ。尊敬する。俺は出来ねー」
今だって、トップアイドルだよ!! あんな輝きを放つ人が、一般人の訳あるか!!
そう言いたかったけど、光輝の言うことはきっと『芸能界から退いた』、っていうことを言っていると分かっていたので、あかねはしぶしぶ頷いた。
「でも、この五日間、良くもった方だよ、私の心臓。こんな大事変に長時間対応できるように出来てなかった筈なのに」
「事変て、歴史かよ」
いちいちツッコミありがとう、優菜。でもそのくらいの大事件なんだよ。
「本当に、冷静を装うのが大変……。ひとたび話し始めちゃったら、絶対に玲人くんをほめたたえる宣伝カーに成り下がる自信あるもん……」
「堂々とほめたたえれば? 今や、学校の中で暁くんを褒めてない子なんて居ないでしょ。『朱に交われば赤くなる』よ。あかね、ここでアピールしないでどうすんの? 暁くんに関するアドバンテージは、この学校のどの生徒よりも、あかねにあると思ったけど」
「それについては、不本意ながら同意だな。子供の頃からあかねの熱狂ぶりを見てきた俺としては」
二人そろって、そんなことを言う。
そう、なのかもしれないんだけど……。
「そうなるとさ……。実質、神と話をすることになるんだけど……、大丈夫かな、私……」
そうなのだ。恐れ多すぎて、声が掛けられない。
ファンであったがために、推しの尊さを身に染みて分かっているあかねには、玲人の周りに有象無象と湧いて出てくる生徒たちの心に生えた毛の太さが分からなかった。
今も廊下からキャーワーと歓声が聞こえてくる。漸く玲人が購買部から帰って来たのだと思って、教室の入り口の方を、何気なく見た。
とき。
「…………っ!!」
見てしまったのだ。この教室まで一緒に来ていた子たちに笑顔で手を振って教室に入ってドアの陰に隠れたその一瞬だけ、玲人が小さくため息を吐いたのを。
呆然とした。
頭のてっぺんから冷水をザバッと浴びせかけられた。
玲人は決して、嬉しくてあんな風に笑顔を浮かべているわけではなかったのだ。
――――『僕は、普通の高校生になります』
冷静に、あの配信の時の言葉を思い出す。
そうだ、玲人は『普通の高校生』になるって言ったんだ。それはこんな風に……、同じ生徒からもてはやされ、担ぎ上げられ、……そう、まるでファンサービスを求められるような学校生活を送りたかったわけじゃない。
きっとそうだ。あのため息が、すべてを物語っている。
デビュー五周年。きっとまだまだ芸能界で見られる夢はあったに違いない。
にもかかわらず、彼は『普通』を選んだ。そこにこそ、玲人の本気が現れているのに、あかねときたら、玲人の本気を分かってなかった。
転校初日から、ずっと隣の席でテンパって頭に花が咲いていた。きっと目も、さっき周りを囲んでいた子たちと変わらないハートマークをしていただろう。
そんな自分に、あかねはどうしようもなく落ち込んだ。推しの夢を叶えられないで、なにが『ファン』だ。
推しがオリコン一位を取りたいと言ったら、全力で布教するし、ファンの皆とずっと歩んでいきたいと言ったら、それは各メディアへの推しの採用に対するお礼のメールやはがきを送る行動に繋がったのに。
『推し』という存在には違いない筈なのに、自分の足元へ舞い降りられてしまって、あかねは『推し(神)』に対する態度を間違っていたようだ。
「……決めたわ」
あかねがフォークを握って言うと、優菜が面白そうにあかねを見た。
「おっ、やる気になった? 協力は惜しまないわよ。なんせ、親友の恋だからね」
ワクワクと作戦会議でも始めようとする優菜を、あかねは止めた。
「違うの。……私は今後、玲人くんの前で全力で玲人くんを推さない……。それが、玲人くんに対する礼儀だわ……」
覚悟を決めたあかねの言葉に、優菜と光輝は、何言ってんの? と疑問顔だった。
「今や時の人だね、暁くん」
優菜がぽつりとウズラの卵を口にしながら言う。
「俺も、お役目御免になったわ。女子の移り気すげーな」
光輝がサンドイッチの最後のひとかけらを頬張った。
お昼休みに、優菜と光輝、三人でお弁当を囲んでいる。玲人はクラスメイトの男子と購買部へパンを買いに行っていた。転校から五日目、少しこの高校のことも分かってきたようで、パンを買いに教室を出ていく姿にもなじんで……。
「る訳ないじゃない……っ!! 相変わらず玲人くんは煌めきオーラ100%の純然たる貴公子アイドルのままじゃない!! こんな平凡な高校に埋もれるような宝玉じゃないのよ!!! この国民の宝、すなわち国宝を、こんなありふれた生活の中にうずめて良いものなの!?!? 否、良くない!! 私は奇跡の宝玉に、何時までも輝いていて欲しい……!!!」
「あかね、心の声、駄々洩れだから」
「自分に正直なあかね、俺は好きだけど」
二人のやり取りに一瞬我に返る。そしてハンバーグをひとかけら口にすると、だって仕方なくない!? と反論した。
「だって今も、購買部から帰ってくるのが遅いのは、絶対どっかでサインとか握手とか、あと写真とかで呼び止められてるからじゃない!! そんな、ファンじゃない子だって夢中になる玲人くんに、私が我を忘れたっておかしくなくない!?」
「うん、おかしくない」
「おかしくないな」
冷静に返されると恥ずかしいな。でもその通りなのだ。
「だからさ~~、もう、毎日が心臓ジェットコースターすぎて、きっと私はもうすぐ死ぬわ」
「いや、死ななくていいから。生きて推しを拝めよ」
「無理!!! 心臓が飛び出そうっていう経験は、握手会以外ではしないと思ってたのに、それ以上の距離感なんだもん!!!」
恥ずか死しそうになって、わあっと顔を覆うあかねに、でも光輝は冷静だ。
「しかし暁も、毎日毎日続くアピールに、飽きもせずに応えるなあ。流石トップアイドルだっただけあるわ。尊敬する。俺は出来ねー」
今だって、トップアイドルだよ!! あんな輝きを放つ人が、一般人の訳あるか!!
そう言いたかったけど、光輝の言うことはきっと『芸能界から退いた』、っていうことを言っていると分かっていたので、あかねはしぶしぶ頷いた。
「でも、この五日間、良くもった方だよ、私の心臓。こんな大事変に長時間対応できるように出来てなかった筈なのに」
「事変て、歴史かよ」
いちいちツッコミありがとう、優菜。でもそのくらいの大事件なんだよ。
「本当に、冷静を装うのが大変……。ひとたび話し始めちゃったら、絶対に玲人くんをほめたたえる宣伝カーに成り下がる自信あるもん……」
「堂々とほめたたえれば? 今や、学校の中で暁くんを褒めてない子なんて居ないでしょ。『朱に交われば赤くなる』よ。あかね、ここでアピールしないでどうすんの? 暁くんに関するアドバンテージは、この学校のどの生徒よりも、あかねにあると思ったけど」
「それについては、不本意ながら同意だな。子供の頃からあかねの熱狂ぶりを見てきた俺としては」
二人そろって、そんなことを言う。
そう、なのかもしれないんだけど……。
「そうなるとさ……。実質、神と話をすることになるんだけど……、大丈夫かな、私……」
そうなのだ。恐れ多すぎて、声が掛けられない。
ファンであったがために、推しの尊さを身に染みて分かっているあかねには、玲人の周りに有象無象と湧いて出てくる生徒たちの心に生えた毛の太さが分からなかった。
今も廊下からキャーワーと歓声が聞こえてくる。漸く玲人が購買部から帰って来たのだと思って、教室の入り口の方を、何気なく見た。
とき。
「…………っ!!」
見てしまったのだ。この教室まで一緒に来ていた子たちに笑顔で手を振って教室に入ってドアの陰に隠れたその一瞬だけ、玲人が小さくため息を吐いたのを。
呆然とした。
頭のてっぺんから冷水をザバッと浴びせかけられた。
玲人は決して、嬉しくてあんな風に笑顔を浮かべているわけではなかったのだ。
――――『僕は、普通の高校生になります』
冷静に、あの配信の時の言葉を思い出す。
そうだ、玲人は『普通の高校生』になるって言ったんだ。それはこんな風に……、同じ生徒からもてはやされ、担ぎ上げられ、……そう、まるでファンサービスを求められるような学校生活を送りたかったわけじゃない。
きっとそうだ。あのため息が、すべてを物語っている。
デビュー五周年。きっとまだまだ芸能界で見られる夢はあったに違いない。
にもかかわらず、彼は『普通』を選んだ。そこにこそ、玲人の本気が現れているのに、あかねときたら、玲人の本気を分かってなかった。
転校初日から、ずっと隣の席でテンパって頭に花が咲いていた。きっと目も、さっき周りを囲んでいた子たちと変わらないハートマークをしていただろう。
そんな自分に、あかねはどうしようもなく落ち込んだ。推しの夢を叶えられないで、なにが『ファン』だ。
推しがオリコン一位を取りたいと言ったら、全力で布教するし、ファンの皆とずっと歩んでいきたいと言ったら、それは各メディアへの推しの採用に対するお礼のメールやはがきを送る行動に繋がったのに。
『推し』という存在には違いない筈なのに、自分の足元へ舞い降りられてしまって、あかねは『推し(神)』に対する態度を間違っていたようだ。
「……決めたわ」
あかねがフォークを握って言うと、優菜が面白そうにあかねを見た。
「おっ、やる気になった? 協力は惜しまないわよ。なんせ、親友の恋だからね」
ワクワクと作戦会議でも始めようとする優菜を、あかねは止めた。
「違うの。……私は今後、玲人くんの前で全力で玲人くんを推さない……。それが、玲人くんに対する礼儀だわ……」
覚悟を決めたあかねの言葉に、優菜と光輝は、何言ってんの? と疑問顔だった。