「というわけで、一緒に教室行くのも更に誤解を招くから、光輝先に教室行って? 私も後から行くし」
あかねは光輝をカーテンの引かれた教室から見送ると、ふうとひと息ついた。カーテンの引かれた薄暗い教室で、廊下の向こうの方から聞こえる朝の喧騒を聞きながら瞼を閉じて壁に背をついてみた。
この三ヶ月弱、いろんなことがあった。玲人が『FTF』から引退して、嘆く暇もなく塚原に転入してきて、何の奇跡か隣同士の席になって。
玲人はあかねが推してた暁玲人そのものの人だった。努力家でみんなの為に頑張る人。気さくに声を掛けてくれて、勉強では頼ってくれて。何の間違いか告白されたけど、そりゃあ神と凡人じゃ釣り合わないし、学校中の女子があかねで許すわけないってことも分かっていたし。
(あ~、濃い二学期だったなあ……。あとは三学期を過ごしたら、玲人くんとはクラスも別れちゃうのか……)
でも、推しをゼロ距離で眺めるなんて貴重な経験もさせてもらったし、いちファンには過ぎたご褒美だったよ。そろそろ『彼女』にバトンタッチしなきゃね。
なんて思っていた時だった。ガラッと扉の開く音がして、こんな使ってない教室に誰が、と思ったら、なんとちょっと怒ったような表情の玲人だった。
「え……。玲人くん、なんで……」
「この写真、なに? 小林くんのこと好きだって、ホント?」
玲人が持ってるスマホには優菜が匿名で流した昨日の画像が表示されていた。その画面と玲人の表情を見て、優菜の作戦は二重に成功したんだな、と思った。ここで言うべきあかねの台詞は決まっている。
「私が誰を好きでも、玲人くんには関係ないよね?」
真っすぐに、玲人の目を見て。すると玲人は怒った顔のまま、ドン! と、あかねの顔の両側に腕を着いた。
真正面ニ十センチの所に美麗なご尊顔。しかも顔の左右は腕で囲われていて、あかねの心拍数は一気に120を超した。
ふぁ!? 流石玲人くんは怒った顔も美しいな!?
などという脳内発言は玲人の苛立った声にかき消された。
「関係なくないよ。だって僕、諸永さんがなにしてようと何も思わないけど、あかねちゃんが小林くんとデートしたって聞いただけで、心臓掻きむしりたいくらいにめちゃくちゃ悔しいんだ。自分がめちゃくちゃになりそうなの。これって、刷り込みなんかじゃないよ」
あかねをひたと見つめる玲人の真剣な瞳の奥に、燃え盛る炎を見つける。
ああ、同じだ。あかねを囲んできた女子たちと、同じ目付きだ。
ここで、頷いちゃいけない。だって、あかねは玲人に相応しくない。凡人だから。
「でも私、玲人くんのこと、推しとしてしか見られないよ」
「…………っ」
あかねの言葉を聞いた玲人が、眉を寄せて切なそうに目を細めた。口を真一文字に引き結び、それから何かを言い出しそうに息継ぎをして動いたけど、結局何も言わず、あかねの目の前で首を項垂れてあかねを壁から解放した。
「高橋さんの気持ちは分かった。……迷惑かけて、ごめん」
俯いた玲人の表情は長い前髪に隠れて見えない。あかねは玲人を呼ぼうとしたが、声が出なかった。
玲人はそのまま教室を出て行った。
(高橋さん、って言った……)
それは別離の言葉にも聞こえて。
これで良いんだと思っても。
あかねの心臓が、ぎゅっとなった。