いつもの駅のショッピングセンターのちょっと手前に、こじゃれたパンケーキの店が出来ていた。いつもは光輝の食欲(ラーメン)優先でショッピングセンターのフードコート一択なのだが、今日はあかねが光輝をパンケーキの店に誘ってみた。

店内に入ると客は女子とカップルでにぎわっていた。あかねたちもその一員となり、あかねはパンケーキセット、光輝はカフェオレを頼んでいた。実はかねてから気になっていたお店だったので、今回入店できて良かったなとホクホクしている。

暫く待っていれば、待望の生クリームたっぷりの三段パンケーキがあかねの前に置かれ、光輝の前にはかわいいカップに入ったカフェオレが置かれた。
あかねは遠慮なくパンケーキにメープルシロップを掛けてフォークで切ると、それをひと口、口に入れた。あああ、幸せの味がする……。この世の春の味って感じかな。
あかねがパンケーキに相好を崩すその向かいで、光輝がどこか緊張した様子だった。

「どうしたの? やっぱこういう店、嫌だった?」
「いや、嫌じゃないけど、……なんかあかねとこういうところ来るって、思ってなかったから。……気まぐれでも、なんか、すげー嬉しい」

よく見るとほんのり耳の先が赤い。あああー、ごめん、光輝……。優菜の作戦そのままじゃん……。そう思ってももう遅い。優菜はこの店に後からたどり着いている。そして店の窓から良く見えるこの席の写真を……。

と、そう思ったら、いきなり光輝があかねの持っていた食べかけのパンケーキを、あかねの手首ごと捕らえてひと口頬張った。突如行われたその盗みに、あかねは憤慨した。

「あ、旨い」
「こらあ! 横取り!」

あかねがぷりぷりと怒っていると、光輝はがっくりとテーブルに項垂れた。

「こういう時に、『きゃっ、間接キス(はぁと)』とか言えないのが、あかねだよなあ……」

深々とため息を吐く光輝に、ハッとする。
光輝はまだあかねに恋情を持っていて、あかねに応えて欲しいと願っている。
でもあかねにそれは無理だ。幼馴染みとしての時間が長すぎて、光輝をそういう対象として見れない。

「……そりゃそうだよ、光輝だもん。小さい頃から今まで、一体何度お菓子の取り合いをしたと思ってるの」

そう言ったら光輝は口をとがらせて拗ねた。黙り込んで腕の間に顔を伏せて何も言わず黙ったあと、ガリガリと頭を掻いたり、腕に額をぐりぐりと擦りつけたりして、あまりあかねの前で苛立ちを露わにしない光輝にしては珍しく、荒れる心が凪ぐまで気持ちを整理しているようにも見える。

ややあって、もう一度腕の中にがっくりと首を垂れた後のそりと顔を上げると、諦めの浮かんだ目で光輝は言った。

「……結局何やっても、俺はあかねの恋愛劇場の森の木役すらもらえないんだよなー……。っていうか、お前の頭の中に恋愛劇場ってあんの?」
「失礼なこと言わないで。伊達に十年玲人くんを好きだったわけじゃないのよ?」
「『玲人くん』は推しなんだろ。恋愛対象になってないって、この前言ったじゃん」

あー、そうか、そうだった……。となると……。

あかねは自分の脳内を過去から現在まで辿ってみる。そして……。

「光輝、ヤバいわ、私……。私の頭の中に、恋愛劇場がないわ……」

欠陥人間なのか、私は。あかねはそう思った。
だって、光輝や玲人にキャーキャー言ってる女の子たちみんな、二人に恋をしてその恋愛劇場のヒロインになろうとしてるのに、あかねの脳内に広がった光景は、やっぱり玲人が画面の向こうに居る姿だったのだ。
画面越しに恋をするなんて言う言葉もあるけれど、あかねの場合は恋にすらなってないのだ。光輝に続いてあかねも、はあっ、と大きなため息を零して頭を抱えた。

「やっぱりか……」
「欠陥人間辛ぁ……。私は人と同じ経験が出来ないんだね……」

嘆くように項垂れていると、慰めるように光輝が、そうでもないんじゃね? と慰めてくれる。

「まだこれから経験するかもしれないだろ。その時の相手が俺だと良いなとはちょっと思ってるけど、そうじゃなくてもあかねが幸せならいいかなって、ちょっとは思ってるから」

幼馴染みの言葉に感動する。自分がこんな風に、幸せを祈ってもらえる立場だとは思ったことがなかった。

「……ありがと、光輝……」

心からの謝意に、光輝はぶっきらぼうに、おう、と応えただけだった。