その日の終礼後、玲人があかねに声を掛けてきた。だんだん着替えを見られた恥ずかしさにも慣れてきた頃合いである。

「あかねちゃん。もし良かったら、今日帰りにコーヒーでもご馳走するよ。考えてみたら今まで無報酬で遅れてた分を教えてもらったし、ノートもすっごく助かったから、何かお礼させてほしいな」

玲人はまだあかねを親にわとりだと思っているのか、授業が終わるごとにあかねに今の授業の内容の説明を求めてきていた。時に場所を図書室に移してまで熱心に授業の遅れを挽回しようとして、最初は半年分の知識の差があったのに、この三ヶ月弱でほとんど追いついてしまっているあたり、玲人の努力家である側面が垣間見える。

今日もそんな一日を過ごして、六限の終わりの後、ノートにシャーペンを走らせ終わった玲人がそう言ったのだ。

えっ!? 推しが困っていたら率先して助けになりたいのが信者(ファン)というものですけど!? その敬愛すべきお気持ちだけでも十分です!!

などとあかねが悶えてたら、悪いけど、という言葉と共にあかねの背後に光輝が立った。

「お前とあかねを二人でどっか行かせるつもりはねーの。あかねは推しに尽くすことが出来ただけで喜んでるから、お前はその辺気にすることないんじゃね?」

おおお、私の心情を即座に読むとは、流石付き合い長いだけあるな!

と光輝の助言に安堵すると、玲人が複雑そうな顔をした。このままこの場に居たら、玲人から何か言われるのではないかと思い、あかねは光輝の腕を引く。

「そうなの、光輝の言う通りなの! 私は玲人くんの助力になれれば嬉しい信者なので、お気遣いなく! お礼とか、本当に要らないから! 私の敬愛の気持ちの表れだと思ってくれればうれしい!」

あかねはそう言って教室を出た。よし、なんとかうまく学校を出られたぞ。あとは。

「ねえ、光輝。玲人くんの提案じゃないけど、どっか寄り道して帰らない?」

あかねの言葉に光輝はきょとんとした。

「珍しいな、あかねが誘ってくるなんて。いっつも『推し以外の顔を見てる暇があったら推しを拝みたい』って言ってなかった?」

うう、そんな小学生の頃の話、よく覚えてるな。でも、雑誌発売日が一ヶ月のうちたった何日かだけ、テレビの露出も週に何度、それも何分あるかすら分からない相手ではなくなった今、推しを見る時間は充足している。たまには幼馴染みをカフェに誘ってもいいじゃないか。

「嫌ならまっすぐ帰るけど……」
「いや、そんなことないけど。珍しいなって思っただけで、俺は嬉しいよ」

行こう。と光輝に手を取られて、あかねは若干慌てたが、光輝の大きな手はあかねの手を放してくれなかった。