そしてやって来たのがハロウィンパーティーだ。みんなホームルームを前に、思い思いの軽い仮装をしながら賑やかにしている。そして時間になれば校内放送がアッパーな曲を流し出して、各クラスは一気に大盛り上がりだ。

かくいうあかねのクラスでもチームごとに分かれてゲームが始まり、みんなが応援でわーわー言ってる。一直線に並んだろうそくを、息だけでどれだけ遠くまで消せるか、だとか、樽にナイフを刺して、人形がいつ飛び出るかを競ったり、伝言ゲームなどもやっていた。

やがてゲームは佳境に入り、王様ゲームが始まった。裏返しに配られた番号を記した100均の棒を教師が配る。棒の使い方が横向きで不思議だったが、あかねは28だった。うん、引くカードまで凡人。きっと玲人は1番とか引いてるに違いないし、光輝もそこそこいい番号を引く気がする。先生がまず、王様に挙手させる。挙手した王様は、楽しそうに命令を下した。

「14は21の混ぜたドリンクを飲む~!」

飲み物はお菓子と一緒に生徒会から配られていて、購買部で売られている炭酸ジュースやヨーグルトドリンク、お茶などが供託に並べられていた。21番の棒を掲げた女子が立ち上がり、コーヒーに林檎ジュースを混ぜて14番の男子に手渡す。コーヒーの色で微妙さは分からないけど、コーヒーに林檎の酸味が加わったらどんな味になるのだろう? と脳内ひやひやものだ。

「うえっ! まっず!! まっずううう!!! なんか舌に残るう~~~!」

飲んだ男子がぺっぺっとジュースを吐き出す真似をすると、教室にどっと笑いが起こる。男子が口直しに水を飲むと、棒が配り直されて次の王様だ。

「9と33は手を繋ぐ~。そして次の命令まで手を繋いでる~」

王様の命令にクラス中が色めき立つ。しかし立ち上がったのは、柔道部の男子とバスケ部の男子だった。これには抱腹絶倒の爆笑が起きる。あかねもお腹が痛くなるくらい笑った。王様が二人を教卓の前に呼び、そこで手を繋がせる。

「きしょいじゃん、鳥肌立つわ」
「こいつ、手ぇ汗ばんでる!」

そんな、如何にも嫌そうな二人の顔を眺めながら次の王様を選び出す。先生が番号の棒を集めて配り終わるまで三分もなかったけど、王様が立ち上がった時に二人の男子はぱっと手を放してお互いに体を背けて嫌そうにしてた。
その後も何度か王様が立ち上がり、教室の時計を見る限り最後の王様だな、と思った時に、優菜が王様を引き当て、挙手して立ち上がった。

「28番は~」

あかねの番号を知らない筈なのに、優菜はあかねを指名した。

「9番と今日一緒に下校する~」

優菜の命令にどよどよどよっとざわめきが沸き起こった。ハロウィンパーティーの後に一緒に下校する男子女子が居たら、その二人はカップル認定される。9番は誰なのだろう。恐る恐る手の中の番号棒を確認してから立ち上がると、その姿を見てガタン! と立ち上がったのは番号棒を持った拳を振り上げた光輝だった。

クラスの中にざわざわと言う、何とも形容しがたいどよめきが、主に女子たちの間から起こる。かみ砕いて表現するなら、玲人よりはいいけど、もっと他の生徒が当たればよかったのに、とでも言おうか。兎に角あかねと光輝がハロウィンカップルとして下校することを好意的に見ていないざわめきだった。

一方の光輝はどこか挑戦するかの如く、一点を見つめていた。……その視線はあかねではなく、玲人に向けられていた。

……何故、今この時点で、光輝が玲人を睨みつけているのだろう?

そう思って玲人の方を窺うと、玲人はそうっと棒の番号が書かれてある先っぽを握りしめて見えないようにしていた。

(……なに?)

あかねが疑問に思っているうちに校舎にチャイムが響きわたった。ハロウィンパーティーは終わりだ。あとは終礼を受けて帰るだけ。
鞄を持った光輝があかねの所に来て、帰ろ、と促す。しかしその視線はチラチラと隣の席の玲人に向かった。
なんだろう? 光輝は急に機嫌が悪くなった気がする。

「どうしたの、光輝。玲人くんに何か……」

光輝に不機嫌の理由を問おうとしたあかねの言葉に、玲人が被せる。

「あかねちゃん、お先に」

玲人はそれだけ言うと、席を立った。教室を出ようとする玲人の肩を、光輝が追いかけて掴む。

「なんでなんも言わねーんだよ」

玲人を問い詰める光輝が凄むように言うが、しかし何を問い詰めようとしているのか分からない。なのに玲人は光輝の脅しの意味が分かったみたいに、いいじゃない、と笑った。

「どうせ僕が当たってても、駅までしか一緒に帰らない。駅からは小林くんと一緒に帰ることになるんでしょう? だったら、三人で仲良くお手々つないで駅まで帰るよりも、すっきりするじゃない」
「なんだ、それ。イカサマに権利譲るってのかよ。全校生徒に堂々と示せるチャンスって思わねーのかよ!」

光輝が玲人の襟を掴んで、教室の扉にガン! と体を押し付ける。対する玲人は、真っすぐに光輝を見た。

「校内の習慣に乗じてあかねちゃんと恋人になろうなんて思ってない。あかねちゃんに選んでもらうまでは、小林くんにも僕にも、チャンスはあるんだから」

カラン、と回収されなかった玲人の番号棒が床に落ちる。その番号は9番だった。光輝も持っていた番号棒を放り出す。カラカラと由佳に落ちた棒に書かれてあった数字は確かに9に見える、しかし〇の下にアンダーバーが書かれてある「6」だった。

「棒が配られたときに、暁がどっちが上かって確認してたのが見えたんだよ。だから、ぜってー6か9だと思った。俺に6が配られたから、暁は9って分かってたんだよ」

俺は。

光輝の言葉は続く。

「俺はあかねを捕まえときたいから、その為には何でもする。外堀から埋めるんだってなんだって。お前にその気概がないなら、さっさとあかねの前から消えちまえ」

それを言うだけ言って、光輝はあかねの手を引いて教室から出た。ぎゅうっと握られた手を振りほどきたいのに、それもしてはいけないような気がして、結局玲人と光輝のことを、どうにもできない。
冷たい視線が背中に突き刺さっているのを、あかねはしっかり感じていた。