日直の仕事はまあまあある。黒板を綺麗にすることや、授業で使う教材の運搬、担当教諭の用事もこなさなければならない。あかねは朝のハロウィンプリントに続き、授業に使う地図の設置やプリントの回収・教師への提出もろもろ、忙しく働いていた。今も三種類のプリント冊子を古文の先生から受け取って教室へ帰るところだ。

っていうか、先生、プリント好きだよね? 自分の考えを反映させやすいのか?

などと考えながら、廊下を教室へと急ぐ。今日は一刻も早く学校から立ち去りたい。否、玲人と光輝の前から、だ。

「結構あるね。これ配ったら今日は終わりなの?」
「そ、そう。あとは日誌を書くだけ。私が書いちゃうから、玲人くんは先帰っていいよ」
「そんなの悪いよ。僕も一緒に書く」

ううう、いつもは嬉しい同じ時間を過ごす作業も、今日は恥ずか死にしそうなくらい辛い……。

そんな話をしながら冊子を抱えて職員室の廊下を曲がり、階段へ出ようとしたところで、正面の誰かにぶつかった。冊子がばらばらと落ちるが、あかねは先にぶつかった人に謝った。

「ごめんなさい、大丈夫ですか……」

ところがぶつかった相手を見てみたら、なんと光輝だった。朝の一件があっても、光輝にはまだ普通で居られた。

「って、光輝! なんでそんなとこに突っ立ってんのよ。プリントばらまいたじゃん!」
「C組で古文のプリント冊子が三種類配られたって聞いてたから、手伝いに来たんだけど……」

光輝はむすっとしながらそう言って、あかねがばらまいた冊子を拾い始めた。あかねも玲人も手に残っていたプリント冊子を置いて、散らばった冊子を集める。

「もう……。ぶつかったのは悪かったけど、突っ立っててぶつかる要因になったのは光輝なんだから、こっちは光輝が持って」

しかしやはり感じる多少の恥ずかしさも手伝って、文句を言いながら拾い集めた冊子を光輝に持たせると、あかねと玲人は自分が持っていた冊子を持った。

「っつーか、手伝いに来たんだって言ったじゃん。お前冊子積み過ぎで前見えてないだろ。もう少し寄越せ」
「あ、それなら僕ももう少しなら持てるよ。あかねちゃん、足元見えてないでしょ。危ないよ」

あかねの両側から冊子が引き抜かれ、視界が開ける。玲人の隣でぎこちなくも安心したあかねの頭上で光輝と玲人が、しかし口喧嘩を始めた。

「っていうか暁てめえ、日直かこつけてあかねと二人になろうなんざ、俺の目が黒いうちは許さねーからな」
「あはは、小林くん何言ってるの。これは純然たる日直の仕事だし、職員室には先生方がいらして、廊下にもほらいっぱい生徒がいるでしょ。何も二人っきりになんてなってないよ」
「二人っきりになって無けりゃいいと思うなよ。周囲のガヤなんざ、お前ら二人が小声で話をしたら、聞こえない距離感なんだってことを認識しろ。つまりお前ら二人が二人だけで居ることが既に二人っきりってことなんだよ」

あわわわわ。純粋に日直の仕事をしているだけの玲人に、光輝が食って掛かってる。何故だ、そんなに玲人が気に入らないのか。『あかねが見る男はことごとく蹴落とす』って言ってたけど、玲人のことをよこしまな目で見たわけじゃないのに、なんでそうなるんだ!

「もー、光輝! 玲人くんも言ってるけど、これは日直の仕事! 玲人くんに含みがある訳ないじゃない! 玲人くんには諸永さんが居るんだからね? 忘れたわけじゃないでしょ?」

光輝の背後に立ち上る嫉妬(?)の火消しをしようと頑張ったのに、あろうことか玲人が火に油を注いだ。

「あーもう、何度言ったら分かるのかなあ。確かに諸永さんとも仲良くさせてもらってるけどさ、あかねちゃんとは違うんだよ」

玲人の言葉に光輝の炎が瞬く間に大きくなる。

「だからお前は野放しに出来ねーんだよっ! 他の誰を野放しにしても、お前だけはぜってー好きなようにはさせねー! 大体あかねはお前のこと恋愛感情で見れないって、あかね自身が何度も言ってるだろーが!」
「そんなのどう変わるか分かんないじゃない。十年間僕の事応援してくれた女の子が、僕の事嫌いなわけはないと思うんだよなあ」

エトセトラエトセトラ。
光輝も光輝なら、玲人も玲人だな!? 桃花のことはどうとも思ってないのか!? 折角あかねが仕立てた学園ロマンスラブストーリーなのに!!

「ストップストップストーーーーーップ!!! まず光輝! 私はあんたを幼馴染み以上に見られないってことはもう一回言っておくわ。それと私の視線の先を四六時中監視するのはやめて! 私にだって自由があるべきでしょ。それに玲人くん! 玲人くんは諸永さんと誠実に向き合うべきだわ。今朝だって一緒に登校してきてたじゃない! 玲人くん待望の『普通の高校生としての恋愛』は、玲人くんとつり合いの取れる女子とするべきだと思うな!?!?」

あかねの必死の牽制の言葉に両者から反論が来る。

「恋愛感情覚えません、って言われて、はいそーですか、って諦められたら世話ないんだよ! そんなこと出来てたらとっくの昔に諦めてるっつーの! だから暁に妬くなって言われたって無理なの!!」
「つり合いの取れてる恋愛なんて作り物(ドラマ)の見すぎじゃないの? あかねちゃん。恋ってそんな上っ面を取り繕うようなものじゃなくって、もっと心の底からの感情なんじゃない? 誠実さだけじゃ片付けられない感情が恋でしょ?」

両者ともあかねを諦めないと言ってくる。

そんなことして欲しわけじゃないんだ!! 収まるべきところに綺麗に収まって欲しいだけなんだ!! そこにあかねはいない筈なんだ!!

……って思っても、懇々と訴えてくる二人の熱量に圧倒されて、言葉も出ない。ついでに朝のこともあって恥ずかしすぎて二人を間近に見ることが出来ない。ヒートアップした二人のやりとりを見て居た生徒たちの中で、あかねに出来たことといえば。

「わっ、私はどっちとも無関係なんだからーーーーーーっ!!!」

と言って逃げ去ることだけだったが、教室に日直日誌が残っていた為、結局玲人に捕まり、光輝に追いつかれた。

死にそう……。死にそう辛い……。私はもう少し平穏な日々を送りたい……。

あかねがそう思ってしまっても仕方がないことだった。