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「お前さあ」
下校途中、光輝が不意に口を開いた。今日は優菜の部活のある日で、必然的に光輝と二人で家路をたどることになっていた。家が隣同士なので、本当に『家路を一緒に辿る』という形だ。
「なにここ最近毎日、沈鬱な顔してんの」
思いもかけない言葉を掛けられて、あかねは自分の顔を両手でぺたぺた触ってみた。
「ち……、沈鬱とは? 一体どんな顔なのよ??」
「眉間にしわ寄せて、むっつり口一文字に結んで考え込んでる顔」
そ、そんな顔してたかな。いかんいかん。他人様の恋路のことを考えるのは、もう止めようとあれ程決めていたではないか。
「ごめんごめん。鬱陶しかったよね?」
「いや、鬱陶しいっつーわけじゃないんだけどさ」
そういう光輝も、そこまで言って視線をまっすぐ前に向けて黙り込んでしまう。
「光輝?」
呼びかけにも視線を寄越さない幼馴染みに、どうしたのかと思っていると、お前さあ、とややあって言葉が続いた。
「お前、やっぱり暁の事、好きなんだろ?」
へ? 推しとして尊敬して敬愛しているけど??
そう応えると、そうじゃなくってさあ! と言葉尻を荒げる。な、なんなんだ。何が言いたいんだ、こいつ。
「だって、暁と諸永の事見てるお前、一生懸命堪(こら)えてる感じがしてなんか辛そうだぞ? もう認めちまえば良いのに……」
堪えてる? 辛そう?
全く思い当たらないワードにあかねは首を捻る。光輝が続けた言葉は更にあかねには無関係のもので、一瞬ぽかんとしてしまう。
「暁の事、好きなんだろ? ……恋愛的な意味で」
更にぽかんと。
あかねは光輝のことを、ぽっかーん、と眺めた。
あかねが? 玲人ことを? 恋愛感情で???
「いやいやいやいや!!! 私はひたすら玲人くんのことを尊敬して敬愛してるだけなの!!! ちょっと地上に舞い降りた神が眩くて動揺したけど、基本的には『FTF』時代と何ら変わらないの! 推しとして、好きなの! だから敬愛する玲人くん(推し)には、玲人くんがしたいっていう『普通の高校生活』をさせてあげたいの!! そのために奔走したまでのことで、それ以外の何の感情もないの!!!」
あかねがひと息で言い切ると、光輝はあかねを正面に捉えてこう言った。
「じゃあ、俺と付き合ってよ」
…………。
……、…………。
HA???
つ、付き合うとは……? あかねが光輝に付き合うって言ったら……。
「ど、何処へ……???」
すかさず後頭部にドスっと鉄拳が入る。
「いったいなあ……」
涙目になりながら光輝を睨むと、あかねのゆるい空気に反して光輝はピリッと締まった顔をした。
「馬鹿なの? お前。この流れでどうして買い物に行く話が出てくるんだよ」
「え。でも……」
「暁と諸永みたいになろうぜ、って言ってんの!」
半ばやけくそみたいに怒鳴りつけながら、光輝はそう言い切った。
「…………」
え?
え??
えええええーーーーーーーーーっっっ!!!
寝耳に水! 青天のへきれき! 今までの何処にそんな素振りがあった!?!?
「待って待って待って!?!? あんたなんか勘違いしてない!? 諸永さんたちに振り向きもされなくなったからって、自棄になってない!?!? やっぱり俺、ちやほやされたいんだっていうのをはき違えてない!?」
あかねが問うと、光輝は目を逆三角にして怒った。怒声があたりに響く。
「なんで諸永たちに袖にされたからって悲観的にならなきゃいけないんだよ! こっちは清々してるんだよ!! 学校に居る間中、監視されてるみたいに人目が集まって、あることないこと噂されて!! 諸永はじめ、女子の目が全部暁に行ったのは、あいつも大変だなって思うけど、俺は清々してんの!! だから自棄でも何でもねーし、何処行くとも其処行くとも違って、正々堂々正面から、俺と恋愛しようぜって言ってんの!」
…………、恋の告白って、もっとロマンティックなもんだと思ってきたけど、現実は想像とはかなりかけ離れてるな? それとも、ロマンティックなのは空想の上だけで、実際は桃花や光輝のように、人となりを訴えたり逆切れしながらだったりするのかな???
やっぱりぽかーん、と光輝を見上げてるあかねの視線の先で、やっと光輝の耳が赤いことに気が付いた。
あっ、これ、本気なのか。本気であかねが良いって思ってるのか。
「…………え、……え……、っとね……?」
まるで思いもしなかった展開に、何を言ったらいいのか思い浮かばない。でも光輝はそんなあかねのことを分かったみたいに、怒った顔から一転、やさしく微笑んで続けた。
「……別に、今すぐ返事くれなくていいよ。ただ、俺はそう思ってきたし、恋愛してみたら意外と俺にハマるかもよ、っていうだけ。あかねの人生、ずーっと暁ばっかりだったんだろ? ここらで良い男のポジションチェンジしない?」
片方の口端をあげて笑う笑い方はいつもと一緒なのに、なんだかこの時、胸がギュっとした。
あかねは、こんなに長く一緒に居た幼馴染みのことを、全然分かってなかった。それは、玲人のことを全然分かってないという事に繋がる。どれだけ長い間一緒に居ても、追いかけていても、その人の本心は分からないという事なんだ。
分かったつもりのままで居てはいけない。分かろうとしなきゃいけないんだ。頭から水をかけられたみたいに、目が覚めた。
「……ごめん……。私、光輝に酷いことしてたね‥…。光輝の言う事も、よく考えてみる……。……出来れば返事は待ってほしい……」
声は思いのほか震えた。ぎゅっとこぶしを握ると、光輝はそんなあかねに気付いて、重たく考えなくていいよ、と言ってくれた。
「結局のところ、あかねがどう考えてるかってのを、はっきりさせたら良いだけのことだと思うよ。突然舞い降りた神なんだろ? テンパるのも推しの為に色々してやりたいのも、あかねだったらそうだろうなって、俺、分かるし。まあ、暁があかねの気持ちがはっきりするまで待っててくれるかどうかは、分かんねーけど」
うわー! 光輝がここへきてなんか株上げに来てるーーーーー!!!
でも、ホントにそうだ。この二ヶ月半、玲人の転入に大わらわだった。玲人の願いを叶えたくて奔走してた。
神が近くに居すぎて見えてないものもあるのかもしれない。
近くに居すぎて見えてなかった、光輝の気持ちみたいに。
「うん、ありがとう……」
今はお礼しか言えないけど、これからちゃんと、光輝の気持ちも考えていこう。多分、一生懸命言ってくれたんだと思うから。
光輝との出会いが、あかねにとって、光輝にとって、巡り巡ってお互いの人生を豊かに彩るものなのなら、あかねの運命の相手は光輝だと思うから。
だから、一生懸命考えよう。
二人は長くなった影を踏みながら、再び家路を辿った。