昨日そんな返事をしたけれど、善処なんて無理だった。
翌日の朝からも、玲人は普段通りに話し掛けてくる。隣の席なんだからまあ当たり前なんだけど、玲人の、あかねが返事をしてくれると信頼しきった笑顔を向けられるのが辛い。だって玲人はあかねに話し掛けているよりも、桃花に話し掛けて、いずれは二人だけの世界を作らなければいなければいけないのに。
「玲人くん、諸永さんは?」
「うん、一緒に登校してきたよ」
「恋人同士なら、予鈴が鳴るまで一緒に居ない?」
「意固地に諸永さんを押し付けるね。それにあかねちゃんだって、いつも小林くんと一緒に居るわけじゃないじゃない」
ん? なんで光輝の名前が出たんだろう? 気持ち、玲人の顔がふくれっ面にも見える。
「? 前も言ったけど、光輝は幼馴染みなだけだもん。別に恋い慕うような奴じゃないし、そりゃあ四六時中なんて一緒に居ないよ」
あかねの返答と聞くと、玲人はふうん? と口をツンとさせて視線を斜め上に向けた。あ、この表情、ツアーの密着配信で何度か見たことある。何か考えてる顔だ。
「何か誤解してる? ホントに光輝とは幼馴染みってだけ。光輝とは色気も恥じらいもない仲だよ」
「高校生なら恥じらいは持とう?」
「あはは。まあ、それくらい玲人くんの想像は勘違いってこと! という事で、諸永さんに会いに行かなくていいの? 授業が始まっちゃうとお昼まで会えないでしょ?」
あかねが玲人を窺うと、玲人は良いんだ、と笑った。
「諸永さんの友達が、なんか僕と諸永さんのことを触れ回ってるみたい。大きなスピーカーだから、あかねちゃんの負担が軽くなるんじゃないかな」
やっぱりまだ乗り気じゃないんだな、と分かる、投げ捨てたような言い方。こんな投げやりな玲人は初めて見た。
そんなに気が載らないかなあ。でも、玲人には薔薇色の高校生活を送って欲しいし、あかねには荷が重すぎるから、これが最適解だ。
「きっと諸永さんの事知っていったら、恋になるよ。今は知ってる私に固執してるだけだよ」
博愛の人が唯一の人にほだされるパターン、恋愛漫画でも見かけたし。
あかねの笑みに、玲人はため息を吐く勢いだ。
うう~ん、他者を頼って来なかった努力型の推し、なかなか手ごわい……。でも、ため息の後、玲人がこう言った。
「うん……。まあ確かに諸永さんのことを知らないのは確かだし、知ってみる必要はあるよね。うん」
おおっ! 流石、視野の広い推し!! 自分の世界を広げようとして努力をしてきた経験がものを言っている!
「そうそう。今の玲人くんはいわば刷り込みひよこなんだから」
転入して一番最初にあかねと話した。最初の印象が良ければ、その気持ちを恋だって間違うこともあるだろう。親にわとりは、子ひよこの独り立ちを見守らなきゃいけない。この過程は大事なものだ。
よしよし、良い調子だぞ、と思っていたら、不意に玲人があかねの髪を救いあげた。
「ひゃ!?」
「あっ、ごめん。埃ついてたから」
急な出来事で身構えが出来てなかった。どきどきと走る心臓を抑えて、ありがとう、とお礼を言う。
ちょっと傷付いたような顔、心臓に悪いなあ。心臓がずきずき痛むよ。玲人はあかねの様子を見やって、それからこう言った。
「ごめん……。もう触らないからね」
「……っ」
あかねの心臓がぎゅうっと跳ねる。なんて切ない声出すんだろう。まるでドラマを見ているみたいだ。
伏せ気味の目があかねの罪悪感を誘う。役者だなあ。流石先期のドラマ俳優ランキング一位にランクインしただけあるなあ。
こんな風に、玲人を『FTFの暁玲人』を通してしか見れないあかねは、やっぱり玲人の恋人なんかに相応しくない。そう思うと桃花は凄いな。玲人のプライベートに踏み込む勢いで自分たちの関係を触れ回って、後先考えないくらい行動できちゃうのって、やっぱり恋してるからなんだろうな。
あかねとは違う。行動力、凄いなあ。
玲人があかねから視線を逸らして前を向く。予鈴が鳴ったのだ。そんなの聞こえてるから分かってる。でも。
なんだろう。視線を逸らされたことが、凄く、寂しい……。