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翌日から桃花は積極的だった。朝から登校が一緒(おそらく、学校の最寄り駅で待ち合わせているらしかった)、下校も一緒(おそらく略)、そしてお弁当も一緒だった。……何故か、あかねを巻き込んで一緒に。
「なんで私、巻き込まれてるのかな?」
疑問顔のあかねに、桃花は平身低頭に懇願する。
「私だけクラスが違うから、クラスでの玲人くんのことを教えて欲しいの。お願い!」
「授業中のことよりも、諸永さんに接してる玲人くんのことを知ればいいんだと思うんだけどな」
「だって、誰よりも玲人くんのこと知っていたいんだもの……。高橋さんはそういう気持ち、分からない?」
何故わからないのか、という全くの疑問の視線で桃花が言う。
しかし、推しのことなら公開されている情報どれも知っていたいと思ったけど、恋のように盲目とはならない。信者(ファン)は推しに対して節度をわきまえておらねばならず、そういう意味では恋とは違う。
だからあかねは提供される情報だけでいいと思うし、桃花が玲人から提供される情報だけで足りないと言うのは、やっぱり桃花が玲人に恋しているゆえんだろう。
「わっからないな~~。そう思うと、やっぱり私では彼女に役不足だったよ、玲人くん」
「あかねちゃんはもう一杯僕のこと知ってるじゃない。十分だと思うけどな」
玲人はまだ不服らしかった。でもそれもいっときの事。信者(ファン)と恋をしている人とでは、やっぱり傾ける感情が違う。玲人は頭がいいからきっとそれも分かってくれるだろうと、あかねは信じている。
「諸永さんくらいに貪欲さがないと彼女は務まらないと思うから、やっぱり人選は正しかったと思うの。恋人はその人の公私に渡るサポーター。私ごとき平民(ファン)の域では無理かな!」
あかねがお弁当を食べ終えて席を立とうとすると、玲人が、待って、とその手を取った。途端に蘇るのは、屋上で手を握られた記憶。ぶわっと汗腺が開いて血が噴き出す勢いで体中を巡った。
「わあ!」
叫びと共に、思わず、玲人の手を叩(はた)いてしまう。ハッとして玲人の方を見ると、一瞬びっくりした顔をしたあとで、凄く傷付いた表情をした。
うわああ!!! 推しにそんな顔をして欲しくないんだ!! でも今は駄目だったんだ!! なんでか分からないけど、怖かったんだ! 玲人が怖いなんて、あるはずないのに!!
「ご、ごめん!! 玲人くんを嫌いってことじゃないの!! 私では無理ってだけ!」
その気持ちをどう説明したらいいのか分からなくて、あかねが言葉に困って叫んだら、玲人がぽつりと呟いた。
「もう前みたいにも、戻れないの……? 勉強教えてもらったり、一緒に帰ったり、お茶だって僕の為にって出してくれたじゃない」
うああああ!!! その子リスのような小首傾げに上目遣い、下僕なら、そんなことありません、尽くさせて頂きます!! と即答したくなる顔!! でも。
「無理だけど善処します!!」
直角九十度の謝意と共にあかねに言えたのはそれだけで。
……だって、玲人から離された今でも握られた手首が痛いほど脈打ってて、心臓が破裂しそうだ。
推しはその存在そのもので信者(ファン)を殺すことも出来るんだな……、なんて思ってしまった。