「何してるの」

ガチャっと屋上のドアが開いて、玲人が現れた。ひゅうと秋の風が吹き抜けて、当然その場にいた女子全員が冷たい風に撫でられたように言葉をなくす。
えっ? なんでここに玲人が?

「小林くんが、あかねちゃんが女の子のグループに連れて行かれたって言ってから。もし僕のことで迷惑かけてたらと思って慌てて来たんだ」

その言葉で、女子たちがわっと一斉に玲人の前(つまり、屋上)から逃げて行く。やっぱり悪いことをしたというやましい気持ちがあったのかもしれない。そりゃあ、玲人にこの場で顔覚えられたくないよね。
しかしこれであかねは、自身の意思にかかわらず、ますます全校女子を敵に回したというわけだ。

「ああ~、今は絶対に来ちゃいけないタイミングだったよ、玲人くん……。あの人たちはまだ『FTFの玲人くん』をあきらめられてないだけの人たちなんだから、自然に『塚原高校の暁玲人くん』が馴染むまで、そっとしておいてあげなきゃ……」

あかねはがっくりと肩を落とす。
今の流れで相手が言いたいことを全て言ってすっきりしてしまえば、まだあかねの今後の学校生活の保障は出来たのに、今、玲人があかねを庇うようなそぶりを見せたことで、女子からは二重三重に恨みを買っていそうで、この先の学校生活に暗雲が垂れ込め始める。
この予想は当たる。なんせ光輝の時もそうだったから。

(まあ、慣れてるっちゃあ、慣れてるけど。でもなあ……)

あかねが迫りくる精神疲労を両肩に背負った状態で居ると、玲人が大丈夫? と問うてきた。あかねは内心の不安を表に出さず、あははと笑ってみせた。

「大丈夫。こういうのは光輝で何度も経験してるし、みんなも、しばらくしたらなにもかもが誤解だって気づいてくれると思うよ」

思い起こすも生々しい嫌がらせの数々。通りすがりに知らんぷりされながら髪の毛引っ張られたり、筆記具がなくなっていたり、階段で足を引っ掛けられたこともあった。まあまあ生傷が絶えなかった頃もある。

「それに玲人くんも、今は毛色の違う私を気にしてくれてるだけで、塚原に馴染んだら、きっとホントに好きな人が出来ると思うよ」

そう。玲人ともあろう神(ひと)が、凡人平民のあかねを好きな理由は、みんなと毛色が違って目立っているからってだけのことなのだ。
そのうち皆も玲人に慣れて、普通に接することが出来るようになったら、玲人はその中から『普通の高校生』として、本当に好きな人を見つけると思う。
そうなれば、あかねのことなんて話題にも上らなくなって、あかねは大草原の一本の草に、玲人とその彼女はその草原に咲くきれいな花と蝶々になるんだと思う。そうであってほしいし、そうでなければならない。そう思っていると、玲人がややムッとした顔をしている。

「なんか誤解してる感じがするけど、なんで僕の気持ちをあかねちゃんが決めるのかな。僕の気持ちは僕のものであって、あかねちゃんが決められるものじゃないのに。ついでに言うと、僕にだってどうこう出来るものじゃないよ。あかねちゃんを好きだって気持ちは、自然に芽生えて僕の中に根付いてるんだから、僕にだって引き抜きようがない」

玲人が一歩、あかねの方に歩み寄った。たった一歩。ほんの五十センチを詰められただけなのに、玲人の雰囲気ががらりと変わる。
まっすぐにあかねを見てくるその視線は、さっきあかねに詰め寄っていた女子たちに向けた正義の旗を掲げた雰囲気でも、『FTF』で見せていた明るく爽やかな雰囲気でもない。どこか苛立った様子で、ちょっと切羽詰まったように感じる。
この表情は初めて見る。あかねは玲人の普段の様子からの豹変ぶりをあっけにとられながら見つめていた。

「……玲人くん?」
「なんで、分かってもらえないのかな。今だって、僕は二人きりってだけで、めちゃくちゃ緊張でどきどきしてるってのに……」

わかんない?
そう言って、玲人があかねの右の手首を掴む。唐突なことにびっくりしているあかねなんかお構いなしに、玲人はあかねの手を自分の左胸の上に押し付けた。驚いたことに、玲人の拍動は、制服のブレザーの上からも分かるくらいにバクバクいっていた。
玲人はそのままぽかんと玲人を見ていたあかねを壁に追い詰めると、あかねの右手を奪ったまま、自分の左手をあかねの顔の横に着いた。

五十センチのすき間しかない状態で推しを見ると言う状況に追いやられたあかねの耳元に、玲人が囁く。

「あかねちゃんを抱き締めるのなんて簡単なんだから、こういう時は、抵抗して」