「寝不足ね。文化祭準備の時からのハードワークと睡眠不足に加えて、昨日一睡もしてなかったらしいから、当たり前よ」

保険医にそう言われて、優菜と光輝、玲人はカーテンの向こうで寝ているあかねの方を見た。
放課後、保健室に三人そろってあかねを迎えに来たわけだが、保険医からはまだ寝ていると告げられた。部活動の時間も保健室を開けている為、保険医は引き続きあかねの様子を見てくれるらしかった。

「僕も……、付き添っていいですか……?」

心配そうに玲人が言う。光輝たちも、一緒に、と懇願した。

「六時になったら締めるからね。それまでに起きなかったら起こしてあなたたちも帰りなさい」

保険医に、はい、と返事をして、ベッドに引かれたカーテンの中に折り畳み椅子を広げる。
三人並んで、あかねの顔を見つめた。よく見れば寝不足だったのか、目の下にクマがうっすら出来ていて、この変化に気づけなかったのかと、三人三様に悔しい思いをした。あかねは常に元気だから、具合を悪くすることを想定していなかった。

「……ごめんね、気付いてあげられなくて……。そういえばあかねが裁縫苦手なのに、私、止めなかったわ……」
「そんなこと言ったら俺だって、朝も帰りも家まで一緒なのに気づいてやれなかった……」
「……僕も、あかねちゃんに頼るばっかりで、何にもしてあげられなかった……」

あかねを見つめる視線はそれぞれの感情が籠る。優菜が玲人に、あかねは頼られるばっかりなんて思ってないよ、きっと、と玲人に言った。

「上田さん……」
「むしろあかねは、いつも暁くんに元気をもらってたよ。あかねがいつも底抜けに元気なのは、暁くんが居たからだよ。そこは間違ったらだめだよ」

優菜を見つめる玲人に、光輝も口を開く。

「……俺も、敵に塩を送るつもりで言うけど、あかね、ほんとにあんたのこと好きなんだよ。恋なんだか崇拝なんだか、俺にはよく分かんねーけど、あかねにとってあんたは無くてはならない存在なんだ。だから、あんたはあかねに罪悪感なんて覚えなくていいんだ。あんたはあんたのままで居た方がいいんだよ」
「小林くん……」

光輝の言葉を受けて、玲人があかねの眠っている顔を見つめる。やるせない気持ちで眠ったままのあかねの額をさらりと撫でると、触れた感触にか、あかねの瞼がふわっと持ち上がった。

「あかね!」
「あかね!」
「あかねちゃん!」

自分の顔を覗き込んで名前を叫ばれるという状況にあかねが驚いて現状把握できないでいると、ベッドを囲っていたカーテンが開いて、保険医の先生が入って来た。

「起きた? 気分はどう? 此処に来たことは覚えてる?」

保険医の問いに少し考えてから、ボールがぶつかって運ばれてきた、という返答する。

「なんか……、すごく熟睡した気がします……」

あかねの言葉に、付き添っていた三人は安堵の息を零した。保険医が続ける。

「文化祭前からずっと睡眠不足だったんでしょ、朝食も食べてこなくて、お弁当も手が付かなかったって言ってたから、エネルギー不足もあるわね。食事はちゃんと食べなきゃ駄目よ」
「はい……、すみません」

保険医はあかねが自分の状態を把握したと理解して、最後に血圧だけ測って終わりにしてくれた。優菜が持ってきてくれた制服に着替えると、四人は、お世話になりました、と礼を言って保健室を後にした。四人並んで駅まで歩く。口を開いたのは玲人だった。

「……親御さんに謝罪させてもらえるかな。玄関先で構わないから」

えええ!?!? 話が大袈裟だよ!! たかが頭ぶつけたくらいで!!
そんなあかねの心中を見透かしたのか、だって、女の子でしょ、と玲人は言った。

「それに、ご飯食べれなかったのって、僕の所為かもしれないし」

心配そうな玲人に返す言葉がない。黙り込めばYESと応えているようなもので、玲人はごめん! と頭を下げてきた。

「いやいやいやいや! 玲人くんが謝る必要なんてどこにもないよ!」
「でも、女の子に怪我させておいて、知らん顔できないよ」

最後には玲人の懇願に負ける形で、あかねは玲人を母親に引き合わせた。

「あかねさんのクラスメイトの暁玲人と言います。今日の体育の授業中にあかねさんに怪我をさせてしまいました。大切なお嬢さんに怪我をさせてしまって、申し訳ありません」

深々と頭を下げる玲人に、母親も、なんてしつけの成っている子だろう、と感心した。
玲人が帰った後、実は彼が今まであかねが夢中になってたアイドルその人だった、と知って、

「流石、対応が大人ねえ! お母さん、芸能人を見直しちゃうわ」

などと言っていた。

その夜、ベッドに入っても、あかねの隣で礼儀正しく母親に謝罪している、堂々たる玲人の姿が脳裏に思い浮かんで、あかねはなかなか寝付けなかった。