四限目、調理実習では飾りのトッピングが選べるとのことで、実習科目であるカップケーキを熱心に作る女子たちが居た。なんでだろう? と思っていたら、実習後に自作の黒焦げカップケーキを持った玲人に群がり、それぞれおめかししたカップケーキを渡していた。

「暁くん、私の良かったら食べて?」
「私のも。今ダイエットしてるから、私は食べないし」

(わあ、なんかバレンタインみたいだ)

おそらくこのまま玲人がこのクラスに居たら絶対に遭遇するであろうバレンタインは、こんな感じなんだろう。
微笑みを浮かべたままみんなから手渡しでカップケーキを受け取っているさまは、まるで握手会の時の玲人そのものだ。誰に対しても公平で、真摯に向き合う人。

「ありがとう。みんなの分を全部貰ったら、僕が太っちゃうね」
「やだー。玲人くんが太るなんて考えられないー」

キャッキャと賑やかに話しているみんなのことを見ながら、あかねは感心していた。

成程、恋する女子はどんなチャンスにでも自己をアピールするのに余念がないのか。あかねとは無縁の世界だなあ。だって推しにプレゼントなんて、自分の部屋の推し祭壇にプレゼントを捧げることはままあるけど、リアルにプレゼントしようなんて、爪の先ほども思わないもんな。

あかねは作ったカップケーキを自分で食べようと、配られた袋に入れて調理室を出た。その時。

「あっ、あかねちゃん」

玲人に呼び止められて、腕を引かれた。そのはずみで手に持っていた袋入りのカップケーキがコロンと廊下に落ちて、玲人がそれを拾った。

「ごめん、僕の所為だね。僕のと交換したいところなんだけど……」

ええっ!? 黒焦げのカップケーキとはいえ、玲人のお手製カップケーキだ。狙う女子は少なくない筈だけど!?!? いやほらだって、実習室に居る子たち、みんなこっちを見たよ!?!?

「いやいや、気にしないで。私もちゃんと持ってなかったのが悪いんだし」
「や。でも、僕の気が済まないよ。うーん……、そうだ。今日のお昼、購買部でクリームドーナツご馳走するよ。それとあかねちゃんのカップケーキと交換しよ?」

ひええ!! 神と物を交換なんて恐れ多い! っていうか、その言葉、実習室を出入りするクラスメイトと特別教室の廊下を往来していた人たちに聞かれたよね!? うわー、ヤバい! なんか殺気立った目で見られてる!!

「いやいやいやいや、気にしないで!? 丁度私もダイエットしようと思ってたとこだし!」
「ええ? あかねちゃんは今のままで十分かわいいのに」

さらっとお褒めの言葉キターーーーーーー!!! ハイスペック男子は言う事が違うな!? 光輝と比べても雲泥の差!! あああ、また周囲の女子の眼光が鋭くなってるぅ!!

あかねはジリジリと玲人との距離を取ると、ひと言叫んで脱兎のごとく玲人の前から逃げた。

「素敵なお世辞をありがとう! それだけで夢の国の住人として暮らしていけるよ!!」

実習室から逃げ帰る中、あかねはふと思った。そういえばカップケーキを玲人に渡したままになっていた。でもいいや。あの殺人的視線の中にいるよりはマシだ。

教室に帰るとお疲れ様、と言わんばかりの優菜と光輝に迎えられて、そこでようやくあかねはつかの間の安住の地にたどり着いたが、昼休みのチャイムが鳴って、玲人があかねのカップケーキと共に購買部のクリームドーナツを本当に買ってきたから、教室内の空気が殺伐とした。
能天気に笑っているのは玲人だけだ。廊下からも含め女子たちからは、「男をたぶらかすテクニックだけは上等だよね」とか、「玲人くんから差し入れ貰うなんて何様のつもりなの」等々囁かれて、とてもご飯どころではなかった。

勿論そんな状態だったのでドーナツは丁重に辞退し、あかねはペットボトルのお茶を飲んだ。