翌日朝、玲人の告白による多少の混乱と優菜の予想に震えながらあかねが登校すると、玲人があかねの肩をポンと叩きながら元気よく声を掛けてきた。

「おはよう、あかね(・・・)ちゃん(・・・)

(は!?)

推しに『名前+ちゃん付け』で呼ばれて、一気に緊張が高まり、その場で石化する。
推しに名前を把握してもらっていただけでなく、親し気に『ちゃん』付け!? 
今までいろんな漫画やゲームで摂取してきたどの萌えシーンよりも猛烈にあかねの頭を物理で殴りつけてくるその威力にパニックで反応できないでいると、返事のないあかねを訝しんで玲人があかねの顔を覗き込んできた。

ちょっと待って!! 教科書を貸したゼロ距離もヤバいけど、この顔覗き込み&上目遣いゼロ距離もヤバーーーーーーい!!!! 画面越しに知ってたけどまつげばっさばさ! 目ぇおっきくてきれい! 肌がそこらの女子が泣くレベルで白磁さながらだな!?

と、あかねが内心号泣の嵐になっている傍で、通りがかったクラスメイト並びに廊下で玲人の言葉を聞いていた女子たちが一気にざわついた。

「昨日のこと、前向きに考えてくれた?」

ニコニコニコっ。

まるでお日様のような朗らかな笑みに、しかしあかねは現実に返る。
いやいやいや、そんなの受けられるわけないじゃん!? っていうか、もっとふさわしい人居るよね!? それにさっきのちゃん呼びで周りの女子が殺気立ってる! 待って待って待って!? 私は推しを独り占めしようなんて思ってないよ!? むしろみんなで推しに萌えたい派なんだけど!?!?

周囲の女子たちはあかねの返答を何かの怨念の籠った目で見ている。玲人は神か天使のごとき透明な笑みを浮かべている。ここで言えることは一つしかない。

「いやっ! 私では任が重いし、何より私にその意思がないから!」

そう、あかねがそういう気持ちを持っていないと示さなきゃいけない。案の定、女子たちからの針のような視線が少し和らぐ。しかし玲人も負けていない。

「そう? じゃあ、そう思ってもらえるように頑張るね!」

ニコニコニコっ。

まるでお日様のような朗らかな笑みを浮かべた宣戦布告にあかねは戦慄し、周りの女子たちからの視線が一層冷たく針のムシロみたいになった。

(ひええええ!! やっぱりこの人、自分の思いを諦めない人だよ!! そんなところが大好きだったけど、今それ、要らないんだ!!)

内心泣きながらそう思っていると、玲人があかねに歩み寄ってきてあかねの手を引いた。手が触れた瞬間、あかねの顔が面白いほどポンと赤くなる。
だって、男の子に触られるなんて、光輝以外になかったし!

「まあ、こんな廊下で立ち話も変だし、教室入ろ?」

さりげなくあかねの手を包んだ、少し骨ばった手。この手で小さいときからずっと自分の夢を掴むために頑張っていたんだなあ、と思うと感慨深いが、それが自分に触れているというのは心底心臓に悪い。

「やややや! 教室くらい、言われなくても入るし!」
「そう? なんか、逃げて行っちゃいそうだったから、捕まえておきたかっただけなんだけど」

わーーーーーーー!!! また女子たちが睨んでるよう!!!
あかねは心底泣きべそをかきながら、女子たちの恨みつらみの視線に囲まれつつ、教室に入った。




……まだ一日始まったばかりである。