「あーーーーーーーーーーーーーー、終わった…………」
あかねはベッドの上であおむけに倒れて手の甲で目を覆っていた。ベッドの下にはスマホが転がっていて、今までそれはあかねの宝物が詰まった小さな機械だったけど、今は呪わしい機械にしか見えない。
いや。……っていうか、光輝たちに言われた通り、自分がちゃんと消しておかないからいけなかったんだけど!
今日、玲人と一緒に駅まで下校した。駅について玲人はあかねに、なんとラインの交換を申し出てくれたのだ。びっくりした。はっきり言って予想外の展開だった。今まで教室での様子を見るに、玲人からラインを交換したクラスメイト及び在校生は居ない。みんな、寄ってたかって玲人のラインを聞きたがっていた。廊下に群がる女子の中には教室内での玲人の写真を撮る者も居た。あかねは彼らと一緒にならないよう、ラインはおろか、スマホも玲人に向けたことはない。
それが一転、玲人からスマホを差し出してきたのだ。
シルバーの何の飾りも着いていないスマホカバーに覆われたスマホを出されて、あかねは挙動不審になった。そして慌ててしまって、見せてしまったのだ。……玲人の、とびっきりの笑顔が映った『FTF』時代の玲人の写真がロック画面になっているスマホの画面を。
驚いてた。玲人は驚いてた。そして、あ、やっぱり、って言う顔をしてた。
そうだよね、どう考えても『FTF』がターゲットとする女子高生で、ミリオンセラーを連発している『FTF』を知らないわけがなかったんだよね。あかねの設定に、そもそも無理があったんだ。
『ごめん、本当はファンだったの。でも玲人くんの意思を尊重する。絶対にまとわりつかないし、ミーハーな行動はとらない。だから一緒に『普通の高校生らしく』高校生活満喫して欲しい』
あかねに言えたことはそんな懺悔だけだった。玲人は、いいんだよ、と笑ってくれたけど、害がないと思ってくれた相手が実はファンでした、っていうオチは、玲人を二重に裏切ったことになるだろう。
(明日から、どんな顔で会えばいいの……)
推しの願いを叶えられないファンなんて、存在価値はない。あかねはひたすら暗く落ち込んだ。
ところが翌日登校すると、隣の席から玲人がおはよう、と声をかけてくれた。てっきり軽蔑されたのかと思ったのに……、と挨拶に対して呆然と何も返せないで居ると、玲人は、昨日のことなら気にしてないよ、とやさしい微笑みを浮かべて言ってくれた。
「え……。でも私、玲人くんを騙してたようなもんだし……」
おどおどと玲人に懺悔すると、玲人はそんなこと、ちっさいことじゃんか、と笑ってくれた。ああ、その天使のごとき透明な笑いがあかねの心臓を打ち抜いてることを、玲人は知らない。
なんて、感動に浸っていてはいけない。玲人が好きだとロック画面で語ってしまった今、あかねが玲人に言わなければならないことは一つだけだ。
「あのね。玲人くんは私の人生を照らす、太陽の光みたいなものなの。だから私は何時までも玲人くんのことを心の中で推すし、玲人くんの生き方を尊敬する。
『FTF』で頑張ってたこと、それより前からずっと、アイドルとして仕事をして行く為にいろんなお仕事にチャレンジしてたこと。ドラマ、舞台、先輩のバックで踊ったり、みんなを楽しませる話術を身に着けていったり。『FTF』の仲間と会った時も、みんなで頑張って行けるように他のメンバーのことを気遣ってたし、みんなの背中を押してた。芸能界で自分の目標を全部昇華して、新しい道を選んだことも。
どれもこれも、玲人くんの生きざまが私の心を惹きつけてやまないから、私は『暁玲人』という一人の人のファンなの……!
芸能人だったからとかじゃない。玲人くんが今までの芸能生活で私に見せてくれた、人生は自分の手で切り開いて、自分の手で責任を追っていくんだ、っていうことを示してくれたその後ろ姿に感動を覚えているの!
私と同い年で、そんなことが分かっている人、玲人くんしか知らないんだ!! だから、私は、玲人くんを人生の先輩として尊敬するし、いつまでもその背中を見ていたいなって思うの!! だ
から、絶対玲人くんの『普通の高校生』を邪魔したくなかったの……っ!!」
いや、『一つ』が長すぎたな。
気づけば握りこぶしを握って、熱く語ってしまっていた。でも玲人は嫌な顔一つせずに、嬉しそうにあかねの話を聞いてくれた。
「嬉しいな。僕、騙されてたなんて全然思わないよ。それより、高橋さんが僕のことを尊重しようと一生懸命考えてくれた、ってことが嬉しいよ。普通はさ……、……まあ、皆みたいに、どうしてもなっちゃうもんだと思ってたからさ」
そもそも芸能科のある学校を出たこと自体で、玲人はある程度好奇の目にさらされることを覚悟していたらしい。それでも『普通の高校生』を選びたかったんだ、と玲人は言った。
「僕らの職業って、24時間365日監視されてるようなものじゃない。そう言うのにだんだん疲れて来ちゃって、結局駄目だ―、ってなった自分が生きていける場所って言ったら、もう『普通の』場所以外ないと思ったんだよ。だって、『芸能人だから』って猶予してもらえるのだって、芸能科に居る間だけだからね。だから、いま騒がれちゃってるのは、今まで『別天地』に居たしっぺ返しみたいなもん」
あはは、と玲人は笑った。
「だから、高橋さんが僕のことを知っていることを気にする必要はないんだよ。むしろ、応援してくれてて、ありがとう。それなのに引退してしまってごめん、って言わなきゃいけない」
玲人が謝る必要なんてない。人生は、歩むその人のためのものだ。自分が選んでいい筈の道で、それを誰かに咎められる理由は何処にもない。
「そんなことないよ。私は玲人くんが思い描く時間を、思い描くままに歩んでくれる姿が一番うれしいの。だから『FTF』に居ようと居まいと、それは関係ない。さっきも言ったけど、私は『暁玲人』くんのファンだから」
あかねがそう言うと、玲人は目を丸くして、それからにこお、と笑った。
「はは……っ、あはは。『FTF』に居て欲しかった、とか、ここで放り出すなんて、とか、さんざん言われたから、高橋さんの考え方は少し新鮮だな。もしかして、ファンの人の中には、そうやって考えてくれてた人も居たのかな……」
玲人が少し遠い目をした。今まで背負ってきたもの。沢山の期待と愛情。それらを捨ててでも、自分の道を歩みたいと思った玲人は素敵だと思う。
「居たんだよ、きっと……。玲人くんが会わなかっただけで、私みたいに考えてる子だって、少なくないと思うよ。だから、ごめんなんて言わなくてもいいんだよ」
もう一度、大事なことだから言った。今度は玲人も頷いてくれる。
「そうかな。そうだと良いな」
遠い空を見つめる先に、誰が居るんだろう。出来れば、その人も、玲人に向かって笑いかけてると良いなと願った……。