「最初は嫌いでしたよ。いや嫌いってか、苦手?おれのこと、嫌いそうだったし。おれもね、一応空気読むんで、おれのこときらいそうな人には絡みに行かないっすよ」



海野くんのことは、とても明るくフレンドリーな人だと認識していた。私にはないものを沢山もっていて、コミュニケーションや人間関係に大きな悩みを抱えたことがないんだろうなと、そんな偏見すら抱いていた。

人生を楽しんでいそうな人が苦手だった。それは羨望に近いものだったけれど、だからといって私が手に入れられるものでは無いと分かっていた。

海野くんは、本来なら関わることのなかった人間。そんな彼がなぜ、私に絡むようになったのか。

答えはすぐに教えてくれた。



「住吉さんって、ただ生きてるだけのような気がして」

「え?」

「死ぬ理由がないから生きてるみたいな、そんな感じ。だから漠然とね、おれが住吉さんの生きる理由になれたらもっと住吉さんの見てる世界 輝かせてあげれるかもって思ったんすよ。漠然としすぎてて笑っちゃうでしょ。でもおれの、揺るがない夢ですよ」

「夢……」

「好きになった理由はそんなもんです。夢って叶えるためにあるから、それってつまり、おれは住吉さんの世界に映りたいってことで。てことはつまり、好きってことで。はあなるほど、おれって住吉さんのこと好きなんだーって。異論は認めません」


「恥ずかしいす」と笑った海野くん。笑った時にできる笑窪が、顎にある黒子と双子みたいに連なっていて とても可愛らしかった。



心に病を抱えたのが中学生の時。それ以来私の世界はとても窮屈で、なるだけ人と関わることは避けてきた。いや、避けてきたのではなく、避けられてきたのだ。


あの子に関わったらこっちまで病むから。面倒だから。こっちの発言で死なれたら困るじゃん。

そんな言葉を沢山聞き、真っ暗な部屋で声にならない叫び声を上げ、部屋中のものを散乱させ暴れたこともあった。もう死にたいと、身体を傷つけたこともあった。それでもその程度の傷では死には至らなくて、ただ痛くて、苦しかった。




​──生きてれば良いことがあるなんて思わないけど、生きてた方が人に迷惑はかけないと思います。25才の私はどうおもいますか



15歳の私に問われた質問には、答えられそうになかった。生きていた方が人に迷惑はかけない、それは嘘だ。迷惑をかけずに生きている人などいないから。


人は1人では生きていけない。25歳で実家暮らしの私は、家族にはもう返しきれないほどの恩を受けている。病気になった私を見捨てなかった。ここまでずっと、そばに居てくれた。沢山迷惑かけてごめんねと謝ると、「迷惑かけるのが人間ってもんよ」と言われるのだ。だからもう、謝るのはやめた。


では、生きてれば良いことがある、というのはどうか。



「駅つくのはーや。住吉さんといると一瞬なんすよね、いつも」
「そう、なのですか」
「そっすよぉ。じゃあおれ、ホームこっちなんで。また一緒に帰りましょーね?あれ、もしかして明日シフト一緒でしたっけ!」
「そう……でしたかもです」
「ラッキーだ。てか明日店長いない日すよ!摘み食いし放題だ」
「良くないです」
「あはっ、ジョーダンす!じゃあ住吉さん、また明日!」



生きていれば良いことがある。それは確かか分からないけれど、新しい世界を見せようとしてくれる人はいた。


改札をぬけ、大きく手を振り帰っていくその背中を見つめ、私も控えめに手を振る。海野くんの笑窪と黒子の双子が忘れられなくて、私はひとり、小さく笑みを零した。