「だからね、たくさん写真に収めて、病室で眺めようかなと思って」
「……粋」
 彼女の名前を呼ぶと、またふいにカシャッと写真を撮られた。
 粋はスマホ越しに、俺のことを見ている。
「笑ってよ、八雲」
「え……」
「私、八雲の笑顔が見たいよ。元気がなくなったときは」
 しみじみとそんなことを言ってくるから、どうしようもなく切なさが駆り立てられてしまった。
 そうか、もう、粋と学校で会えなくなるのか。
 彼女の命は、あといったい何日残されているんだろう。
 入院を余儀なくされたということは、かなり厳しい段階なのか。
 頭でちゃんと理解しようとすればするほど、心が追い付かなくて、涙が溢れそうになる。
 大切な人を失うということは、こんなにも悲しくてやりきれない思いだったのか。
「八雲……?」
 俺はそっと粋の背中に腕を回して、強引に抱き寄せた。
 粋という存在を、しっかり確かめたくて。
 彼女は今ここにいるということを、記憶の全てに刻みつけたくて。
 ドクンドクン、という自分の鼓動が、鮮明に伝わってくる。
 粋の吐息がマフラーに籠って、熱くなっていく。
 彼女の長い髪が風になびいて、夕日に透かされ、金色の糸のように輝いている。
 川はさわさわと音を立てて流れゆき、白い吐息は青が滲んだ夕空に溶けていく。
 ……たとえば粋が、この世界から今すぐいなくなったとして、この世界は何も変わらない。
 変わらずこの景色は美しくて、朝はちゃんとやってきて、等しく時間が流れていく。
 幾度となく人生の終わりを経験してきたからこそ、分かっている。
 だけど、“俺の”世界は変わる。
 粋がいなくなったら、この世界で感じることの全てが、きっと変わってしまう。
 この景色を見ても、美しいと思えないかもしれない。
 他人と心を通わせることを、恐れてしまうかもしれない。
 誰かを抱きしめても、何も感情が動かないかもしれない。 
 きっと、全ての記憶の中に粋がいて、俺は何度も足を止めてしまうだろう。
「何度生まれ変わっても……また、粋を見つけたい」
「え……?」
 ふと、零れ落ちた言葉に、粋は戸惑いの声をあげる。
 俺は、心で感じるがまま、言葉を紡いだ。
「たとえどんな姿形になったとしても、見つけるから……」
「や、くも……」
 嘘だ。そんなことは、八雲として生きている間にしかできない。