今俺、思い切り〝無〟の顔をしていた気がするけど……。
「……急だな」
「八雲の写真、一枚も持ってなかったから」
「いや、そもそもいらないでしょ」
「はは、すっごい無表情だ。ねぇ、電車乗るの止めて、土手の方目指してみない?」
 白石は勝手に踵を返して、駅に背を向ける。
 たしかに、マラソン大会で定番のコースである土手が近くにあるけれど、あんな場所で写真を撮って楽しいだろうか。
 なんて考えるのは、無粋か。
 粋が楽しめるなら何でもいいと思い直し、俺たちは土手へと向かった。
 途中で通り過ぎた喫茶店『ボムの実』の看板や、塀の上で眠そうにしている猫、粋がよく立ち寄っていたという古びた本屋等、たくさん寄り道しながら写真に収めた。
 スマホ片手に、カシャカシャと夢中で写真を撮る白石はとてもワクワクした様子で、本当に何でもない風景をいくつも切り取っていた。
 川を跨いでいる橋を渡り、ようやく土手に辿り着くと、俺たちは草の上に直接座って、沈んでゆく夕日を眺める。
 キラキラとオレンジ色に光り輝いている川面を、粋は隣で写真に収めている。
「結構上手く撮れた! 見て」
「このスマホ、画質いいな」
 粋が見せてきた写真はたしかに上手で、川は小さな光を煌めかせていて、空はオレンジ色と極薄い紺の綺麗なグラデーションを作っている。
 なんだか、泣けそうなほど美しい景色だと思った。空の色何て今まで気にしたことなどなかったのに。
 粋は隣でスワイプしながら、嬉しそうに写真を眺めている。
 そんな粋を穏やかな気持ちで見つめていると、急に彼女がこっちを向いた。
「あのさ、私、八雲に言わなきゃいけないことがあるんだよね」
 夕日に髪を透かしている粋はとても綺麗で、その瞳に吸い込まれそうになる。
 だけど、すごく嫌な予感がして、聞きたくない、と瞬時に思ってしまった。
「私、二週間後から入院することになった。だから、普通に学校通えなくなる」
「え……」
「全然よくなってないの。体」
 眉をハの字にして、困ったように笑う粋。
 本当は、ここまでの道のりで、かなり予想していたことだった。
 こんな、〝最後の思い出作り〟みたいなことを、急にやりたいと言い出すなんて、変だと思ったんだ。
 覚悟していたことだとはいえ、大きなショックを受けている自分がいる。
 今、なんて言葉をかけたらいいのか、全く分からない。