保健室の扉を開けた瞬間、俺はらしくもない大声をあげる。
 養護教諭はすぐさま電話を繋げてくれて、ほどなくして救急車が校内に駆けつけた。
 病院に運ばれていく粋を不安な気持ちで見届けながら、搬送先を聞いて、俺も電車で追いかけた。
 
 病院に辿り着くと、病室には粋の母親らしき人がいた。
 養護教諭と担任と、何やら深刻そうに話をしている。
 俺は邪魔をしないように廊下で待つことを決めて、先生たちに見つからないようにそっと身を潜めた。もし見つかったら高確率で「ここは任せて帰りなさい」と言われるだろうから。
 治療を終えた粋が病室内に戻ってきたことを、遠くから確認する。
 室内に入ると、俺はそっとドアに耳を当てて、医師の説明を盗み聞く。
「ひとまず今日は安静にしていただければ、大事には至らないでしょう」
「そうですか……。よかったです」
「白石さんが目覚めたら、すぐに呼んでください」
 その言葉に、膝から崩れ落ちそうになるほど安堵した。
 よかった。まだ、粋に会うことができる、と。
 今までの長い長い人生の中で、幾度となく出会いと別れがあった。
 だから、人の命がどれほどあっけなく失われるのかを、俺は知っている。
 壁に背中を預けて、その場にずるずるとしゃがみ込んだ。
「粋……」
 もう一度、彼女の名前を呼ぶことができる。
 それだけで、涙が出そうなほど、安心した。
 教師陣が帰っていくのを見届けると、俺はそっと病室内に近づく。
 そっとドアに手をかけようとしたけれど、一度引っ込めた。
 粋の母親に、いったいどんな風に接したらいいのか分からず、迷いが生じたから。
 直前になって挨拶の言葉を考え込んでいると、突然ガラッと扉が開いた。
「あら、ごめんなさい」
「あ、いえ……」
 粋の母親は想像以上に若く、驚いた。
 茶髪のロングヘアで、俺と同じくらい身長が高く、スラッとしている。
 道を譲ると、俺が同じ高校の制服を着ていることに気づいたのか、粋の母親は「もしかして、粋のお見舞いに来てくれたの?」と問いかけてきた。
「……はい。赤沢八雲と言います。少しだけ待っていてもいいですか。病室の外にいるので」
「あなたが、赤沢君だったのね。保健室まで運んでくれたと聞いたわ。今あなたの親御さんに御礼の電話をしようと思っていたところなの」