急いで自転車を片付けようとしたそのとき、急に目の前の景色がぐにゃっとねじ曲がった。
「あ、あれ……?」
 食欲がなくお昼を抜いたからだろうか。
 ただの貧血程度に思ったけれど、私は体勢を立て直せずに、そのままコンクリートに向かって倒れ込んだ。
 嘘だ。体に、全然力が入らない。
 そうだ。今日はご飯を食べられなかったから、薬も飲んでなかったんだ。
 何してんだろ、私……。
「きゃー! 誰か倒れてる!」
 生徒の悲鳴を聞きながら、私はそのまま意識を手放した。

 死んだら、どんな景色が見えるって言ってたっけ。
 ああ、そうだ。飛行機に乗っているときの景色みたいだって、言ってたな。
 空と海の境目に吸い込まれていくような感覚だって。
 そんな景色は見えなかったけれど、一瞬本当に世界が終わったかと思った。
「……先生、何て?」
「粋、起きたの」
 数分前に病室で目を覚ました私は、飲み物を持って室内に戻ってきた母親に、すぐに質問した。
 母親は近くの丸椅子に座ると、「ひとまず、大きな異常はないって」と答える。
 でも、その顔はどこか曇っていて、まだ何か言いたげなことがあるように見えた。
 だから私は先回りして、母親に質問することにした。
「入院かな、もうそろそろ」
 他人事のようにつぶやくと、母親は私の手をそっと握りしめる。
「粋、今から先生に言われたことを伝えるけれど、あとで一緒にちゃんと説明を聞こうね」
「……うん」
「粋の言う通り、来月から、入院が決定したわ。思ったよりも、進行が早いって……」
 母親が、何とか涙をこらえて伝えてくれた。目を真っ赤にしながら。
 私はそのことをどうにか淡々と受け止めようと試みて、ひとまず「そっか」と返してみる。
 だけど、本当は恐怖で今すぐにでも泣きだしたいくらいだ。
 ふいと顔を窓の方向に向けて、不安を悟られないようにする。けれど、母親はそんな私のことなどお見通しで、覆いかぶさるようにして私を抱きしめてくれた。
「粋、お母さんたちがずっとそばにいるからね」
「っ……」
「何があっても、そばにいるから」
 確実に、私の体のリミットが、足音もなく近づいている。
 必死に泣かないように努めて、私は窓の外の景色を眺めた。

 いつの間にか眠ってしまった私は、パチッと目を覚ましてすぐに時計を見た。
 時刻は夜の二十二時を示していた。