「話してくれてありがとう、天音」
「粋……」
「私は、天音と一緒にいたいよ。これからも」
 そう伝えると、天音はゆっくり頷いて、「私もだよ」と笑ってくれた。
 胸の中に、温かい何かが流れ込んでいく。
 私の中の世界が、広がっていく。
 私がずっと望んでいたものは……、今ここにある。たしかにそう思える。
「おーい、チャイム鳴ったぞー。席着け席」
 担任が教室に入って来て、私たちはそれぞれの席に戻った。
 ちらっと八雲の席に目を向けると、彼はぎりぎりで教室に入って来ていたようで、髪の毛も少しぼさっとしている。
 その寝ぐせまで愛おしく思えてしまっている自分に気が付いて、私は彼から視線を外した。
 ……八雲へのこの感情は、大切にしまって、残りの時間を生きていく。
 私はもう、彼の隣にいること以上に、望むことは無いから。
 せめて、八雲が現世に未練を感じられるように、少しでも協力できたらいいなと思っている。
 思いを伝えることなど、全く考えていない。
 なぜなら、今の彼との関係が、私にとっての幸せそのものだからだ。
 それを自ら壊すなんて、バカげたことはしたくない。
 あの日のキスは最後の思い出にして、これからを過ごしていこうと決めた。
 
 それから、一週間が過ぎた放課後。
 天音は部活動があったため、私はひとりで帰ろうとしていた。
 一月の寒風に耐えながらなんとか自転車置き場まで向かうと、自転車置き場の途中にある倉庫の陰で、ちょうど男女が話し合っている様子が目に入る。
 よくよく目を凝らすと、その男子生徒は、なんと八雲だった。
「え……?」
 女生徒は同じクラスで、アイドルのように可愛らしい見た目の立川さんだ。
 普段絡みのない二人がこんな人気のない場所で、何を話しているのだろうか。
 そういえば、えりな達が、立川さんは八雲を気に入っている、と言っていたような気もする。
 胸がざわついていることに気づき、私は必死に気持ちを落ち着かせようとする。
 しかし、走ってその場から離れようとした瞬間、近くにあった自転車に足を引っかけてしまい、ガシャンガシャン!と音を立ててドミノ倒しにしてしまった。
「痛っ……」
 まずい。こんな音を出したら、八雲に気づかれてしまったかもしれない。
 盗み聞きをされていると思われたら、どうしよう。