「お母さん、昨日はごめん。あんなにひどいこと言ったのに、ご飯もありがとう……」
 ちゃんと言葉で伝えなければと思い、私はようやく母親に御礼を言った。
 すると、母親は堰を切ったように泣きだし、顔を両手で覆ってしまった。
「こんなもの……っ、何回だって作ってあげたい。それでずっと、一緒にいられるなら……っ」
 その言葉に、私もついに涙を落とす。
 そんな風に思ってくれていたなんて、知らなかった。いや、知ろうとしていなかった。
 私は、本当に自分勝手に色んなことを決めつけていたのかもしれない。
 母親が席を立ち、座っている私の頭ごと抱え込んで、抱きしめてきた。
 私もそっと母親の背中に手をまわし、受け入れる。
「粋……、大好きよ」
 落ち着いた声で、噛みしめるように囁く母親。
 たったその一言で、ずっと空っぽだった場所が満たされ、胸の中が温かくなる。
 私は、この優しい体温に、思い切り甘えてしまおうと思った。
「う、ううっ……」
 私は、子供のようにしがみついて、子供のように泣いた。そして、心の中で強く誓ったのだ。
 一瞬一瞬、心を動かしながら、これからを生きようと。

 その夜、私は夢を見た。
 小学生の頃の夢花と一緒に漫画を読んで、くだらないことで笑っている夢。
 いわゆる明晰夢というやつで、私はその夢が夢であることを分かりながら、夢花との時間を過ごしていた。
 私は、夢花が熱心に読んでいる少女漫画にそっと手を伸ばす。
 そして、「もういいよ」と伝えた。
 夢花は不思議そうな顔をしていたけれど、もう一度、「もう、無理やり〝普通〟を分からなくても、いいよ」と伝える。
 すると、幼い夢花は「なんで?」と問いかけてきた。
 どうして、〝普通〟を分からなくてもいいのか。その答えはとても難しい。
 本当だね、夢花。こんな世界で、普通を知らないで生きるのは、とても厳しいね。
 でも、せめて夢の中の彼女には、今私が出せる答えの全部を、伝えてあげたかった。
「夢花は、夢花だから」
「え……?」
「ねぇ、夢花。私のことが好き?」
 そう問いかけると、夢花は目を泳がせて思い切り動揺してから、こくんと申し訳なさそうに頷く。
 私は、そんな彼女の手を取り、まっすぐ目を合わせて、口を開いた。
「ありがとう。夢花」
「粋……」
「応えられないけど、私を好きになってくれて、ありがとう」