八雲はかなり戸惑っていた様子だったけれど、最後に切実そうにお願いすると、彼は沈黙した。
 それから数秒、間を開けて、八雲は『分かった』と静かに答えた。

 今、世界のどこにも居場所がない気がしている。
 八雲から送られてきた住所を地図アプリに入れ込んで、私は彼の家を目指した。
 何も考えずに、ただそこに行くことだけを考えて、電車を乗り継いだ。
 同じ沿線上なので十分ほどで八雲の家の最寄り駅につき、途中立ち止まりながらも、何とか彼の家に着いた。
 趣のある古民家風の家に辿り着くと、私は恐る恐るインターホンを押す。
 すぐに足音が聞こえて、八雲が扉を開けてくれた。
「……本当に来た」
 八雲は、濃いグレーのフ―ディーに、下はゆるっとしたジャージ姿で、髪の毛は少しぼさっとしている。完全にオフ状態の彼を見て、いきなり来てしまったことを申し訳なく思う。
「突然ごめん……」
「いいよ。ちょうど親、今日仕事でいなかったからな」
 私は俯きながら謝ると、彼に促されるがままに家の中へ足を踏み入れる。
 年季が入っているけれど、綺麗に磨かれた重厚感のある家具が至る所に置かれている。ダークブラウンのフローリングを踏みしめると、少しだけ軋む感じがした。
 八雲は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すと、私に向かって投げる。
 慌てて両手でキャッチすると、「まあ、とりあえずソファー座れば」とリビングに案内された。
 床も家具もすべて木造でそろえているリビングは、温かみがあって落ち着く。
 若葉色のソファーに腰を掛けると、八雲も隣に座ってきた。
「……何か聞いてもいいのか、何も聞かない方がいいのか、どっち?」
 八雲らしい不器用な質問に、私は少しだけ強張っていた表情が緩む。
 だけど、私はすぐに言葉が出なかった。
 ペットボトルを両手で握りしめたまま、ずっとドクドクしている心臓と戦う。
「橋田や芹沢たちと何あったか」
 何も話さない私を見て、しびれを切らしたのか、沈黙を埋めようとしてくれたのか分からないけれど、八雲が突然話を切り出す。
 元々、私たちの関係に危うさを感じていた八雲だから、そんな予想がついたのだろうか。
 今こうなっているのはそれだけが理由ではないけれど、私はこくんと力なく頷く。
「言いたいこと……全部ぶちまけちゃったから、多分終わった……」