「別にいいよ」
「粋……」
「家族の代わりができてタイミングよかったね。どうせ私はもうすぐ死ぬし」
 自分でも驚くくらい卑屈な言葉が口を突いて出てしまった。
 その瞬間、パン!という乾いた音が室内に響いて、気づいたら頬に痛みが走っていた。
「え……?」
 驚きながら自分の頬を押さえると、私よりもずっと驚いた顔で、私をビンタした手を見つめている母親がいた。
 母親は、みるみるうちに顔を青ざめさせて、カタカタと唇を震わせる。
「粋、ごめんなさいっ……! 私、なんてことを……」
「……っ」
 私は頬を押さえながら踵を返して、カバンを持ち、再び玄関へと向かった。
 スニーカーを履き潰しながら、ドアノブに手をかける。
 両親はそんな私を慌てて追いかけてきたけれど、私は「来ないで!!」と声を裏返しながら大声で叫んだ。
「今日は友達の家に泊まるから……絶対連絡してこないで」
「粋……!!」
「もし連絡してきたら、二度とこの家に戻ってこないから」
 そう言い捨てて、私は勢いよくドアを閉めた。
 勢いに任せて出てきてしまったけれど、もちろん行く宛などない。
 誰かにビンタをされたことなんて、今まで一度もなかった。ましてや……あんなに怒った顔の母親を見たことも。
「うっ……」
 ねぇ、八雲。人が本当に生まれ変われるのなら、私には強い願いがあるよ。
 もし、生まれ変わったら……、私は私以外の人間になりたい。絶対に。
 性別も、顔も、性格も、全く真逆の人間になりたい。
 こんな自分、跡形もなくはやく消えてしまえばいい。
 そんなことを願った瞬間、ブブッとポケットの中でスマホが震えた。
 天音たちの誰かだと思いスマホを開くと、そこには予想外の名前が表示されていた。
【元気?】
 そんな当たり障りない一言を送ってきたのは……八雲だった。
「どうして今……」
 画面を見ながら、思わずひとりごとをつぶやく。
 私は何も考えずに、メッセージを返さないまま、そのままの勢いで通話ボタンを押した。
『……いきなり電話?』
 一コールで出てくれた八雲に、心臓がギュッと苦しくなる。
 ほとんど自暴自棄になっていた私は、あるお願いを強引にすることに決めた。
「ねぇ、今日泊めて」
『……は?』
「行くところないの。泊めて」
『いや、どうしたいきなり……』
「お願い……八雲……」