■暗闇に溺れる

 天音たちと別れてから、どうやって今家まで帰ってこれたのか、記憶がない。
 ほとんど意識のないまま、寒気に包まれた街をふらふら彷徨っていたら、夜になっていた。
 私は玄関の扉を荒々しく開けると、スニーカーを乱暴に脱ぎ捨てて家の中にあがった。
 本音を全部ぶちまけた興奮がまだ抑えられなくて、心臓がずっとドキドキしている。
 コートを着たまますぐに自室に引きこもろうとしたけれど、ドアが開いた音に気づいた両親が、血相を変えて私の元へ駆け寄ってきた。
「粋! こんな時間までどこへ行ってたんだ! 紀香さんと一緒にすごく心配したんだぞ!」
 父親は珍しく取り乱した様子で、私の腕を掴んだ。
 母親は、激高している父親の隣で、眉を下げて心配した様子を全身で表現している。
 そんな二人を見て、私はふっと鼻で笑ってしまった。
「私に隠しごとしてるくせに、そんな風に叱る資格あるの?」
「粋……?」
 二人は私の様子がおかしいことにすぐに気づき、父親はすぐに声のボリュームを抑えた。
 私は父親の腕をそっと払うと、二人のことを真正面から見据える。
「赤ちゃんいるんでしょ?」
「え……」
「別に隠さなくてもよかったのに」
 激しく動揺していたのは、母親の方だった。
 私の言葉に思い切り目を見開き、口元を手で覆っている。
 父親は気まずそうに目を伏せ、「報告が遅くなってすまなかった」とつぶやく。
 絶対的に喜ばしいことのはずなのに、こんな空気にさせてしまっているのは、私の命がもうすぐ尽きてしまうから。
 家族を困らせているのは、私の存在そのものだから。
 大丈夫。死は怖くない。私はあのとき、どんな不幸も受け入れると覚悟してきたのだから。
「粋、あのね、ずっと言おうとは思っていたのよ。こんな形で知らせてしまって……驚いたよね。ごめんね……」
 父親のうしろにずっと隠れていた母親が、すっと前に出てきて、私の目をまっすぐ見つめながらそう謝ってきた。
 どこまで本心で謝っているのか、もう分からないな。
 私が余命宣告を受けてからも、母親は日常を普通に続けられていたし、ショックを受けたような反応を見せるのは病院だけだった。
 本当に血の繋がりのある母親なら……、もっと憔悴しきっているんじゃないだろうか。
 ふつふつと、黒い感情が自分を覆っていく。こんなこと、今までなかったことなのに。