秦野の言葉に、ようやく白石は諦めがついたようで、とぼとぼとバス停へ向かい始めた。

 白石は寺には興味がないと言っていたはずなのに、清水寺に着いた瞬間、彼女は目を輝かせた。
 京都最古の文化財のひとつに登録されている寺院の清水寺は、さすが千二百年の歴史を誇るだけの風格がある。
 見るのは初めてではないけれど、俺もそれなりに圧倒されていた。
 鮮やかな朱色の仁王門を見てから、三重塔を過ぎ、本堂の方向へと進んでいく。
「わー! すっごい迫力だね、粋……」
「天音、人多いから迷わないようにね」
「ねぇ、これ金剛力士像ってやつかな?」
 白石は、ふらふらとあちこち自由に行動し始める須藤に振り回されているけれど、須藤の好奇心に付き合うのはそんなに嫌じゃなさそうに見える。
 秦野も「すっげー!」という単純な感想のみ連発しながら、きょろきょろと辺りを見回している。
 そんな彼らの後ろを、見失わないようにだけ静かについていくと、ふと視線を感じた。
「あ、粋と天音じゃん!」
 紅葉した木々に囲まれている本堂を見ている集団の中に、別の班のクラスメイト達がいたようだ。
 こっちを指さしているのは、ロングスカートで大人びた雰囲気の芹沢(せりざわ)えりなと、全身真っ黒でサブカル系の恰好をしている橋田(はしだ)祥子。
 二人を見つけた白井と須藤は「あ」と同時に声をあげて、彼女たちの方へ駆け寄った。
「粋、私服ラフじゃん。天音は相変わらずお嬢様系だね、はは」
「そうかな……?」
「ていうかさ、今日の夜抜け出さない? さっき他校の男子に誘われたんだけど……」
 芹沢と橋田の提案に、二人は明らかに顔を引きつらせている。
 垢ぬけた雰囲気の白石だけど、そういうことには全く興味がないのだろう。
 須藤は「私は……いいや」とへらっと笑いながらやんわり断っている。
 すると、芹沢と橋田は「まあ、天音はそうだよね」とすんなり納得して、白石に圧をかけ始めた。
「粋は? 行くでしょ?」
「えっと……」
「まあ、あとでメッセージ送るから。結構イケメンいるよ」
 まだ返事をしていない白石の肩を叩いて、芹沢たちは奥へ消えていった。
 そんな女子たちの様子を見ていると、秦野がひょいと隣に現れた。
「やっぱずば抜けて垢ぬけてるよなー、あの三人。須藤は居づらくないのかね」
「……白石も居づらそうだろ」