■生まれ変われるとしても

 修学旅行前夜のこと。自室で荷物の最終確認をしていると、コンコンというノック音が聞こえた。
 「はい」と返事をすると、中に入ってきたのは仕事帰りのお父さんだった。
 グレーの背広姿で、四角い眼鏡をかけ、白髪交じりの髪をオールバックにしている父親は、どこからどう見ても気難しそうな雰囲気だ。
「粋。明日修学旅行だよな」
「うん、見ての通り、準備中」
 トランクを広げっぱなしにしながら、ベッドに腰掛けている父親のことを見向きもせずに素っ気なく答える。
 別に父親のことは嫌いではないが、目を合わせることは最近何だか苦手だ。自分の部屋に居座られるだけで、どうしてこんなにも居心地が悪く感じるのだろう。
 私が何をしても心配そうな顔をするので、面倒くさいというのもある。
「……体調は、どうだ。次の検診で相談したいこととかあるか」
「んーん、別に。疲れやすいなーってくらい」
「そうか……。紀香さんも心配しているから、無茶はしないようにな」
「大丈夫だって。この前向島でサイクリングしても平気だったんだから」
 そう答えると、父親は「そのことはまだ許してないぞ」と声を低くする。
 そんなことを言われたって、もう行ってしまったんだから仕方ない。
 向島の件については、案の定母親が父親に相談して、思い切りNGをくらったのだ。
 私を心配してのことだとは分かっているけれど、父親の言うことをずっと聞いていたら、私は赤沢君との約束を果たせない。
「お父さん。私、ものすごく修学旅行楽しみだよ」
「……そうか」
「うん、だから、普通に楽しませて」
 真剣な顔でそう伝えると、父親は何かを言いかけて、でも静かに頷いた。
「分かった。邪魔して悪かったな」
 父親は両ひざに手を当てて体を起こすと、ドアの前まで向かう。
 少し言い方、キツかったかな。そんなことを思いながらも、寝間着を無理やりトランクの中に押し込んでいく。
「あ、そうだ。紀香さんにも、ちゃんと連絡を返すんだぞ。粋からあまりメッセージの返信がこないって嘆いてたぞ」
 その忠告に、思わず深いため息を吐きそうになる。
 だって、本当にどうでもいいことばかり送ってくるんだもん。
 パンが綺麗に焼けたとか、裏庭の花が綺麗に咲いたとか、近所の家で赤ちゃんが生まれたとか。