今しか感じ取ることができない感覚を、私はただ必死に、感じ取ろうと思った。



 夢花と過ごした日々の中で、強烈に覚えている思い出がある。
 私はできることなら、その日に戻りたい。
 ふとした瞬間にあの夜のことを思い出し、私は私に失望する。
 何か楽しいことがあっても、私はあの感情を思い出すたびに、自分は幸せになっていい人間ではないのだと、自覚するのだ。

「好きな人と手を繋いだり、キスしたりするのって、どんな感じなのかなあ」
 分厚い少女漫画雑誌を読み終えた夢花が、私のお気に入りのクッションに体を預けながらつぶやいた。
 夢花と仲良くなったのは、四年生の時にクラブ活動が一緒になったことがきっかけだった。
 美術クラブという、ほとんど活動してないような地味なクラブで、私と夢花はずっと好きな漫画の話をしていた。
 小学五年生になっても、私達はまるで姉妹のようにお互いの家を行き来して過ごしていた。
「夢花、少女漫画読みすぎだよ。少年漫画も読みなよ。ほらこれ、私のおすすめ」
「でた、またグロいやつ。そんなのばっか読んでたら夜眠れなくなっちゃうよ」
「夢花みたいに怖がりじゃないんで大丈夫でーす」
「ふふ、雷苦手なくせにぃー」
 夢花は不思議な雰囲気を持った子だった。
 少し癖毛のショートカット姿で、いつも母親が勝手に買ってくるというワンピースを着ている。
 本当は髪の毛を伸ばしてほしいと母親に言われているらしいけど、バレエを辞めると同時にバッサリ切ってしまったらしい。
 夢花のお父さんはお医者さんで、この辺では有名な豪邸に住んでいるお嬢様、ということもあり、所作がとても綺麗で、大人びて見えるときがある。
「何ー、夢花まで恋バナしようとか言ってくるの?」
 私はベッドにふんぞり返りながら、だるそうな声をあげる。
 最近、クラスの女子はやたらと色気づいていて、好きな人の話とかかっこいいと思うアイドルの話で溢れている。
 夢花とは今クラスが違うから、私がいかに恋バナの時に死んだ目をしているのか夢花は知らないのだろう。
「違う違う。でも、どんな感じなのかなって。粋は……、クラスでかっこいいと思う男子とかいる? 手繋いでもいいなって思うような……」
「やめてー。想像しただけで気持ち悪ーい」
「粋結構モテるのに、そんな感じなんだ」