どう見ても見た目がオジサンの父親にはもったいないほど綺麗で、父親に財力がなければゲットできなかった女性だろうと、子供ながらに思った。
 紀香さんは女優を目指していたけれど途中で夢破れ地元の島根に戻り、父親の会社に派遣で勤め、そこから親密になり今に至るらしい。
「はい、三種類あるから好きなのどうぞ。ステンドグラスクッキーって言うんだって」
 ダイニングテーブルに並べられた、三種類のジャムが乗ったクッキー。
 ジャムもクッキーも好きだけど、ジャムが乗ったクッキーはなぜか昔から好きじゃない。
 でもそんなこと、今目の前で満面の笑みを浮かべている母親に言えるわけもない。
 余命宣告を受けたあの日から、母親の気遣いをひしひしと感じているから。
「じゃあ、赤いのもらおうかな」
「あっ、ちょっと待って。写真撮ってもいい? そのまま自然にしてていいから!」
 クッキーをしぶしぶ口に運ぼうとすると、母親がスマホのカメラをクッキーに向ける。
 SNSにおしゃれな写真をあげることに夢中になっているのは知っているけれど、日常生活にまで侵食されるとさすがにうんざりする時がある。
 私は「はいはい」とテキトーに流して、写真が撮り終わったのを確認してから、ステンドなんとかクッキーを口に運んだ。
 やっぱり、熱して水あめみたいになったジャムと、クッキーのコンビが苦手だ。
 じっくり味わわないように、私はなるべく噛まずに飲み込んだ。
「そういえば、もうすぐ修学旅行だね。もう班分けとか決まったの?」
「ああ、うん。今日決まった」
「そう、どんな子と一緒になったの?」
「んー、お母さんの知らない人」
 スマホをいじりながら答えるも、お母さんは笑顔を崩さず「そっか」と返すだけだ。
 父親と母親が、私を修学旅行に行かせるか行かせないか、という話し合いを毎晩重ねていたことは知っている。
 最終的に、私に思い出を作ってほしいからという理由で、行かせるという決断になったようだけど。
 母親は、私の前であからさまに病気の話をしないようにしている。
 どう触れていいのか分からないのだろう。
 血の繋がりのない娘が余命宣告をされるなんて、早々ないケースだろうし。
「ごちそうさま、部屋戻る」
「あら、もうクッキーいいの? 部屋持ってく?」
「いい、いい。ダイエット中なの」