白石は……、“いつ死んでもいい”。そんなことをどこかで思っていそうな人間だった。
 そんな彼女が、あんなに必死に会いたい人がいるとお願いしてくるなんて、驚いた。
 彼女にはしっかりと未練があるのだ。
 自分と似た人間だと思っていたけれど、それは違ったんだ。
 相変わらず人の少ない電車の中に入ると、再びポケットでスマホが震える。
【未練一個目、見つけたよ】
 何?と返す前に、続けざまにメッセージが来る。
【しまなみ海道を自転車で爆走してみたい】
「……なんで?」
 スマホを見ながら、俺は思わずひとりごとをつぶやいた。
 白石粋という人間が、いまいち見えてこない。



 物理学的に、未来には行けても、過去には絶対戻れないと、聞いたことがある。
 それを幼い頃に知った時は、心の底から絶望した。
 私は、未来か過去に行けるとしたら、間違いなく過去を選ぶから。

「ねね、修学旅行の班、男子誰と一緒になりたい?」
「えー」
 昼休みのこと。いつものように四つ机を並べてご飯を食べていると、最近襟足にグレーのハイライトを入れたおしゃれに敏感な祥子(しょうこ)が、目を輝かせて話題を振ってきた。
 クール系な顔立ちをしているので、ウルフカットがとてもよく似合っている。校則は思い切り無視してるけど。
「私は秦野以外なら誰とでもいい」
 隣で冷たく答えたのは、切りっぱなしのボブスタイルが印象的なえりな。韓国アイドルにハマっている彼女は、クラスの男子は動物にしか見えないと言う。
 祥子はえりなの発言にウケていて、「たしかに」と強めに同意している。
 秦野君。そんなに話したことは無いけど、騒々しいから女子からは嫌われているんだろうか。
「ねぇ、粋と天音(あまね)はどう思う?」
 祥子に迫られて、思わず私はチラッと天音の方に目配せをする。
 この四人組の中で最も大人しくて気が小さい天音は、眼鏡の奥で困ったようにふにゃりと目を細めて「どうかなあ、私は誰でも」と答えた。
「いや普通ちょっとはあるでしょ、希望」
 その曖昧な回答に、祥子は低い声で思い切り不満そうな反応を示した。
 なので、私は慌てて空気を読み、「修学旅行なんか心底どうでもよさそうな男子がいい」と答える。
 すると祥子とえりなはプッと吹き出して、「何それ」と声をそろえて笑った。