「うちの子がふざけて橋にのぼったせいで……お詫びしてもしきれません。申し訳ございませんでした」
 頭を深々と下げて謝罪している楠本さんの横で、女の子は無表情で暗い瞳のまま、棒立ちしている。
 そうか……。おふざけでのぼってしまったことになっているのか。
 私が見た限り、あそこにのぼったのには、娘さん自身の意思を感じたけれど……、私が今口を挟むことではない。
 けれど、無表情の娘さんの様子を見て、私は、彼女を無責任に助けてしまったことを、この先しっかり受け止めなければならないと思っている。
「あの、もし差し支えなければなんですが、娘さんと二人でお話させて頂けませんでしょうじゃ」
「え……?」
 私の提案に、楠本さんは思い切り不審そうに眉を顰めている。
 ちらっと娘さんに視線を移して、「でも、うちの子何も話せないと思いますよ」と不安げに言い放った。
 私はできる限り優しい口調で、「それでもいいです。五分だけ」と粘った。
 楠本さんは娘さんと視線を合わせると、ポンと背中を叩く。
「ちゃんと話すのよ。迷惑かけないようにね」
 そう言い残すと、楠本さんは私にペコッと頭を下げて、病室を出ていった。
 私たちは二人きりになり、しんと静まり返った病室で、静寂に包まれた。
「名前は、何て言うの?」
「…………」
 視線の高さをできるだけ同じにして問いかけてみたけれど、返事はない。
 女の子は口を真一文字に結んだまま、黙っている。
 私はそんな女の子を見つめながら、布団の上でぎゅっと自分の手を握りしめた。
 一瞬でもいいから、この子と心を通わせたい。その一心で、言葉を探す。
「あのね……、人ってね、皆誰かの生まれ変わりなんだって」
「え……?」
「苦しい現世なんて捨てて、さっさと生まれ変われたいって、私も思ったことあるよ」
 私の唐突な語りに、女の子はようやく顔を上げてくれた。
 意表を突かれたような表情をしている女の子の瞳は、大きく揺れている。
「死にたくなるようなことが、あったんだよね」
「ご、ごめんなさ……」
「謝らないでいいんだよ。お姉ちゃん、怒ってるわけじゃないから。むしろ、少しは分かってあげられるっていうか……」
 眉を下げて笑うと、女の子は気まずそうに目を逸らした。
 今、この子がどんな悩みを抱えているのか、私は全く知らない。
 だけど、少しでも分かってあげたいと思う。