『俺の未練は、粋そのものだ』
『ちゃんと見つけてよ。俺がどれだけ老けてても』
「ううっ……八雲っ……」
 八雲、本当に、来世で会えるの? 
 もし私に超記憶能力が移っていたとしても、さすがに動物になられていたら、見つけることはできないよ。
 こんなに優しい言葉を残しておいて、私の前から消えてしまうなんて、ひどいよ。
 世界が優しいことを教えてくれたのは君だ。
 生きたいという本音を引き出してくれたのは君だ。
 弱さも脆さも全部受け止めてくれたのは君だ。
 全部、君だ。君だけだった。
 それなのに、今、君だけが私の世界にいない。
 やっぱり無理だ。こんなの、どう考えたって受け入れられない。立ち直れない。私の心では処理しきれない。
「ああああっ……ううぅ……っ」
 ずるずると泣き崩れて、私は床にぺたりと足をつけた。
 同時に、何か紙を踏んでしまい、お尻の下から取り出してみる。
 踏んでいたそれは、油井前の洲の景色が表紙になった、観光パンフレットだった。
『じゃあ、未練探すの手伝ってよ』
「あ……」
 頭の中に、出会った頃の彼が浮かんできた。
 あの日、電車で寝過ごしていなければ、私達はこんなことにはならなかった。
 喜びも悲しみも苦しみも全部全部、あの日から始まった。
 何にも感情を動かさずに生きていた私にとって、君は起爆剤みたいな存在だった。
 八雲と未練探しを始めてから、私の世界はガラッと変わったんだ。
 自分がやり残したこと全部に向き合えたのは、八雲がいたからだよ。
「行か、なきゃ……」
 私は、何か違うスイッチが入ったように立ち上がると、パンフレットを握りしめたまま階段を駆け下りた。
 まだ、八雲と私のためにできることがある。
 最後に交わした約束を、ひとりでも叶えるんだ。
「八雲のお父さん、今日はありがとうございました。今日はここで失礼します」
 リビングにいた八雲のお父さんに、私は深々と頭を下げて御礼を伝えた。
 八雲のお父さんはパソコンから視線を私に移動させて、こっちに近づいてくる。
「……見れたいものは、見れた?」
「はい。でも、また来てしまったら……ごめんなさい」
「いいんだよ。いつでもおいで」
 優しい言葉にまた泣きそうになりながらも、私は「ありがとうございました」としっかり伝えて家を出ると、走って駅に向かった。