だけど、私は、八雲が残した〝本当〟に触れたい。触れなければ、進めない。
 一度深呼吸をしてから、何とか表紙を開いた。

【粋へ

 入院して、もし怖い夜が訪れたら、このノートを繰り返し読んでほしい。
 不安な夜に読めるように、言葉は形に残る方がいいと思ったから、ノートにまとめてみる。

 粋に、来世の話をしたいと思う。
 絶望するかもしれないけど、来世何に生まれ変わるかは、誰にも選べない。
 犬かもしれないし、猫かもしれないし、また人間になれるかもしれない。
 だけど、どんな人生もきっと粋なら楽しめる。本当にそう思う。

 豊かな人生が何なのかなんて、一度も考えたことはなかったけど、過去と必死に向き合う粋を見て、なぜか涙が出たのを覚えている。本当だよ。

 粋が粋として、
 俺が俺として、
 二人が出会えるのはもうこの人生以外にありえないけど。
 でも、どんな姿形になっても、記憶がなくなっても、俺はきっと粋を見つける。
 そんな気がしてる。

 有り余るほどの、“未練”をありがとう。
 おかげで来世では、何の能力もない凡人になれる。
 お別れの言葉じゃないけど、赤沢八雲としての言葉を、このノートに綴る。
 
 粋、大丈夫。きっとまた会える。 
 だから安心して、先に待っていて。
 何年かかるか分からないけど、粋と出会えた人生を、俺もちゃんと生き抜くよ。
 
 世界は思ったより優しくできていることを、粋が教えてくれてから】

 ポタポタと、涙がとめどなく溢れる。
 いなくなってしまったのは、八雲の方なのに。
「八雲、うっ、うああっ……」
 ずっと、自分はいつ死んでも大丈夫な気がしていた。夢花への罪悪感から逃れられなかった。辛いことがあっても、私なんかが苦しんでいいわけないって、押し殺してきた。
 でも本当は、全然大丈夫じゃなかった。
 私は、生きたかった。
「会いたいよっ……八雲……っ」
 だけど、そんな時、ずっと生まれ変わり続けている八雲と出会ったんだ。
 自分にとっての未練と向き合っていくうちに、自分の心が動いていくのを感じた。
 八雲からもらったたくさんの言葉が、今、光の欠片のように、心の中に降ってくる。
『今粋が泣いている理由を、全部教えて』
『何度生まれ変わっても……また、粋を見つけたい』
『たとえどんな姿形になったとしても、見つけるから』