そう告げると、八雲のお父さんは階段を下りて行ってしまった。
 ドクンドクン、と心臓が大きく跳ねている。
 この部屋の中に、八雲の全部が詰まっている気がして、なかなか足が進まない。
 主のいなくなったこの部屋と、向き合うことが怖い。
 でも……、悔いなく生きるために、進まなくては。
「八雲……入るね」
 私はすっと覚悟を決めて、部屋の中に足を踏み入れた。
 八雲の部屋はとてもシンプルなデザインで、鉄製の黒いベッドに、勉強机がドンと奥に置かれているだけ。
 漫画は乱雑に散らばっていて、カーテンの色は灰色。
 椅子に八雲がよく着ていたコートがかかっていて、またこの部屋に戻ってきてくれそうな気がした。
「八雲っ……」
 どうしよう。あまりにも、辛い。八雲の存在が、この場所に残りすぎていて。
 彼と過ごした日々が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
 ほんの数日前まで八雲はこの部屋で勉強して、この部屋で寝ていたんだ。
 それなのに……突然、八雲の人生は閉じた。
 気持ちが追い付くはずがない。受け入れられるはずがない。
 泣き崩れそうになった私は、咄嗟に勉強机に手をつく。
 ……すると、机の上に不思議なノートが置かれていることに気づいた。
「死が、怖くならないノート……?」
 大学ノートに、油性のペンでそんなタイトルが書かれている。
 死が怖くならないノートと聞いて、すぐに私は自分のために書かれたものなんじゃないかと悟った。
 うぬぼれかもしれないけれど、瞬時にそう悟ったのだ。
『粋に渡したいものもあるし』
 あのとき、八雲がもったいぶっていたのは、もしかしてこのノートのこと……?
 くるっと裏返しにすると、小さく【粋へ】と書かれていたので、自分宛のものだと確信した。
 もしかして八雲のお父さんは、このノートを私ひとりで読ませるために、部屋に案内してくれたのかもしれない。
 そっと、八雲が書いてくれた自分の名前を指でなぞる。
 目の周りが熱くなって、鼻の奥がツンと痛くなった。
『死の世界が怖くならないように、今度たくさん話をして』
 もしかして、私があんなことをお願いしたから……?
 だから、八雲はこんなノートを用意してくれていたの……? 
「うぅ……っ」
 ノートを持つ手がカタカタと震えて、上手くページを捲ることができない。