胸の中で、唱えてみる。
 何も吹っ切れてないし、何かを変えようなんて気力もないけれど、八雲が過ごしてきた場所に行きたい。そこに八雲の魂があるわけじゃないだろうけど、八雲を一番感じられる場所だと思うから。
「うん……行こう」
「粋……」
 私は決意を固めて、ようやくちゃんと天音の顔を見た。
 天音はとても複雑な顔で、でも力強く、「うん」と頷いてくれた。

 八雲の家は一度行ったことがあるので分かっていた。
 古民家風の家の前につくと、私は一度大きく深呼吸をする。
 天音に背中を優しく押されて、インターホンを押した。
「突然申し訳ございません。私、赤沢君のクラスメイトの白石粋と申します」
『ああ……お線香あげに来てくれたのかな。ちょっと待ってね』
 優しい声が聞こえて、私はほっと胸を撫で下ろす。
 ガラッと引き戸が空いて、背の高い、雰囲気のある八雲のお父さんが出てきた。
「いらっしゃい。よく来てくれたね」
「突然すみません……」
 私と天音はぺこっと頭を下げて、恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れた。
 以前来たときはとても片付いていたのに、今は部屋が少し荒れている。
 ダイニングテーブルの上にはコンビニ弁当のゴミが散乱していて、窓際に並べられている植物たちは全部萎れていた。
 部屋の様子から、八雲のお父さんがいかにこの数日を生きることが辛かったのかが、ひしひしと伝わってくる。
 きっと、何もかもすべて、ギリギリの毎日だったのだろう。
「すまないね、普段はもっと片付いてるんだけど」
 疲れた声を出す八雲のお父さんに、私たちはふるふると首を横に振って反応する。
 私たちはそのまま八雲の仏壇に案内された。
「あんまりいい写真がなくてね。仏頂面でしょう」
 飾られた写真の中の八雲は、たしかに真顔だった。どこか俯瞰で世界を見ているような、そんな顔。
 出会った頃の八雲は、いつもこんな表情をしていた気がする。
 八雲が、写真の向こう側の世界に行ってしまったことを実感すると、目頭が熱くなって心臓がズキズキと痛み始めた。
 本当に……、もう会えないのだろうか。
 赤沢八雲に。もう二度と。
 ダメだ。泣くな。ここで私が泣くのは、お門違いにもほどがある。
「助けられた女の子は、無事お家に帰れたようだね」
「え……」