私達を取り巻く根も葉もない噂はたちまち学校中に広がり、私は今有名人だ。
 どうとでも言えばいいと思った。
 私達の真実なんて、誰にも知られなくたっていい。
 何も考えないで済むのなら、このままいつ命が尽きてもいいとさえ思っている。
 ああ、まただ。夢花を失ったときと同じだ。また私は、深海の底にずぶずぶと沈んでいくような感覚に陥っていく。
 幸せそうにしている周りの人が、異世界の人みたいに見える。
「い……粋!」
「え……?」
 自分の名前を呼ばれていることにようやく気づき、私は顔を上げた。
 気づくと周りに人はいなくて、私と天音だけが教室に残っていた。
 天音は眼鏡の奥で泣きそうな顔をして、私の机に両手をついている。
「もう放課後で、誰もいないよ。粋……」
「え、嘘……」
「ほんとだよ………」
 信じられないことに、私は本当に意思のないまま今日を過ごし、あっという間に放課後になってしまったらしい。
 天音は何度も私に話しかけてくれたけれど、私はまるで人形のように固まったまま、ずっと機械的な相槌を打つだけだったと。
 テスト前でいつもより早く終わってるとはいえ、最後の学校生活が、体感五分で終わってしまった。
 天音に心配をかけたことだけ申し訳なく思って、私はゆっくり頭を下げる。
「ごめんね、天音…………」
「粋。今から一緒に来てほしい場所があるの」
「え……?」
「赤沢くんの家、一緒に行こう。お線香あげに」
 天音の提案に、私は思い切り表情を強張らせる。
 そしてすぐに、ふるふると首を横に振った。
「無理だよ……。八雲のお父さんに合わせる顔がない……」
「私が行きたいの。一緒についてきてほしい。家の外にいてもいいから」
「だって……」
 いったいどんな顔をして、八雲の家に行けばいい?
 私の代わりに亡くなってしまった八雲のお父さんに合わせる顔なんてない。
 眉間にシワを寄せて俯くと、天音は私の肩を両手で力強く掴んだ。
「粋。未練なく生き抜くために、赤沢くんと過ごしてきたんでしょう」
「え……」
「教えてくれたじゃん。二人の約束……」
 そうだった。天音にだけは、どうして一緒に写真を撮ったりしているのかを、教えていたんだ。
 八雲の能力のことはもちろん言っていないけれど、天音は真剣にその話を聞いてくれた。 未練を、この世に、残さないため……。