「人が⁉ 分かりました、今助けを呼びますから……!」
 男性はすぐにスマホを取り出すと、救助隊に電話をかけてくれた。
 しばし茫然としていたけれど、後ろで震えている女の子を見てハッとして、私はすぐに駆け寄った。
「人、落ちた……落ちた……」
「大丈夫。きっと大丈夫だから……っ」
 女の子を強く抱きしめて、自分に言い聞かせるように何度も「大丈夫」と唱える。
『土曜日が楽しみだなあ……』
『俺も。はやく土曜日になってほしい』
 たった数秒前の会話が、幻のように感じる。
 嘘だ。絶対大丈夫。だって、私達は約束した。土曜日に一緒に油井前の洲の景色を見に行くって、約束したんだから。
「大丈夫、だいっ……じょぶ……」
 
 全部夢だったらいいのに。
 そう思っていたけれど、夢にはならなかった。
 八雲は一時間後に遠く離れた場所で引き上げられたけれど、すでに息をしていないと、救助隊の人から静かに告げられた。
 私より先に八雲がこの世界からいなくなるだなんて、ただの一度も、考えたことがなかった。
 世界は簡単に光を失ってしまうことを、私は忘れていた。