「でも、私なんて綺麗でもないし、身なりもこんなんだし……」
「君は綺麗だよ」
 そう言った少年を見返す。じ、とこっちを見ている瑠璃色の瞳と目が会った。
「あなたの方がずっと綺麗だわ」
「じゃあ僕のことも気にいってもらえる?」
「ええ」
 少年は嬉しそうに微笑んだ。

「ねえ。たとえばこの庭に咲く薔薇が、僕が願いを叶えた人間のなれの果てだとしたら? それでも君は、僕に願いをかなえてと言える?」
 私は、微かに揺れるろうそくと薔薇を眺めた。闇に浮かぶその景色は、まるで夢の中のように現実味がない。
 でも、なんて、綺麗なんだろう。

 この人が作ったという薔薇の花を思い出した。
 たった一本、まっすぐに立っていた凛とした薔薇。
 私も、あんな風になれるのかしら。
 何色の薔薇になるのかしら。

「そうしたら、毎日私に水をあげてくれる?」
「もちろん」
「だったら、構わないわ。こんなにきれいな薔薇になれるなんて想像もしていなかったけど、想像していたよりもずっと、素敵な最後だわ」
 はっきりと言った私へと、少年が席を立って近づいて来る。

「わかった。君の願いを叶えてあげる。その代り、君の大切なものをもらうよ」
「大切なもの?」
「そう。でも、今はまだもらわないでいてあげる。そう……一年。一年たったら、僕は君のもとへあらわれる。ただし」

 私は、思わず息をのんだ。

 見つめていた少年の目が、青い色から赤い色へと、変わったのだ。

「僕のことは、誰にも話してはいけないよ。ここで君が見たもの、すべても。もし話してしまったら、僕は、君の命どころか、君のママや家族の命までもらわなければいけない」
 その言葉が嘘や冗談でないことは、少年の目を見ればわかる。私は、ごくりと唾を飲み込んでから頷いた。

「わかったわ。絶対に、言わない」
「ん。いい子」

 そう言って少年は、その両腕をゆっくりと私にのばしてくる。何をされるのか少しだけ怖かったけど、私は、じ、と動かなかった。すると、少年の細くて長い指が、私のブラウスのボタンを2つだけ外す。少年は身をかがめると、私の首元へと口づけた。


「痛っ……」
 ちり、とした痛みが走って、思わず声をあげた。
「な……何をしたの?」
「しるしをつけたんだ。君が、僕との約束を忘れないように」
 耳元で囁かれて、思わず肩をすくめる。

「これで君は、もう僕のものだよ」
 吐息交じりの声に、ぞくりと全身が粟立った。

「あなたのもの?」
「そう」
 そうして少年はゆっくりと体を離すと、目を細めて笑った。

 その笑顔は、さっきまでにこにこして私の話を聞いてくれた少年と、同じ人のものとは思えない。笑っているのに、どうしてだかとても冷たく感じる。私は、その少年の赤い瞳から目が離せなくなる。

 綺麗な、赤。綺麗な、瞳。

 とくん、と、私の胸が鳴った。
 私、この人のものになったんだ。

「さあ、もうお帰り。ママが心配している」
「帰っても、いいの?」
「いいよ。ふもとまでは、彼が案内してくれる。彼と一緒なら、獣たちに会うこともなく無事に下まで降りられるから、安心してお帰り」
 そう言って彼の視線の先を追うけれど、そこにはろうそくの明かりがあるだけだった。

 違う。
 ろうそくの、火だけが浮いているんだ。

「お茶の時間に付き合ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
「私も、いろいろとありがとう……あの、次にあなたに会うときは、私が薔薇になる日なのかしら?」
 少年は少し考えてから、にこりと笑った。

「君が薔薇になったら、きっとこの庭でも一番美しい薔薇になるだろうね」
「その時までに、私、きっと素敵なレディになっておくわ。そして、あなたのために、この庭で一番きれいな薔薇になってあげる」
 そうして、あなたの愛を一身に受けて、きっとあの薔薇のように誇らしく咲き誇るんだわ。

 少年は、それを聞いてまた、弾けるように笑った。それは、一緒にお茶を飲んだ少年の笑い声だった。
 瞳は、青に戻っている。
「楽しみにしているよ。またね」
「ええ、また」
 そうして私は、ろうそくの火を追いかけて、森の中へと足を踏み出した。

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