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 定員八人ほどのレトロなバスの扉が、バスガールの手で開けられる。
 これが、月と地上をつなぐただ一本のバスだった。予約制で、一日一本のみ運行。バス停は帝がおわす屋敷の前に設置され、乗るには莫大な料金と、そして一つ、規定を守らなければならない。
 月のことを、地上で他言してはいけない、ということだ。
 何度も何度も言い聞かせられ、母に叱られる子供のような気分になったところで、ようやく地上へと旅立てる。破れば地上出禁の上に、培ってきた社会的地位もなくなってしまう。その厳しい条件のせいか、これまで破った人はいないというし、おそらくこれからも出ないだろう。
 輝月の場合は今光源氏が、全て料金を負担してくれていた。
 このバスの名ーー待宵号(まつよいごう)と書かれた券を渡し、乗り込む。中は、新幹線とかによく見られる横座席。
 大して柔らかくもないクッションの椅子に腰掛けて大きく伸びをして、今光源氏はにこにこする。
「楽しかった?」
 なんで疑問形?
 不思議に思うけど、一応小さくうなずいておく。
 月の都がトラウマである輝月に気を遣ってくれたのかもしれない。怖いこともあったけど、楽しいことも体験させてくれた。苦大なりイコール楽、くらいだけど。
 でも、嘘じゃない。部分を捨てて答えることは、嘘じゃない。切り捨てみたいなもんだから。
 そう考え直し、もう一度、自信を持ってうなずいた。
「出発いたします」
 バスガールのマイク越しの声とともに、すっとバスが動き始める。三度目の乗車だった。夏休みももう終わりかけ、いうこともあってか、二人の他に乗客はいなかった。
 これが夏休みだとか、冬休み、春休み、ついでにゴールデンウィークだったりすると、二、三組いるんじゃないだろうか。
 でも、それくらい地上へ降りる富と覚悟が両方そろっている人は少ないのだ。
 バスが一日一本なので、日帰りが、バスの帰る準備が終わるまで、数秒、数分とよっぽど短くないと不可能であり、長期滞在する人が多い。
 あたりを見回して、遠慮がいらないと思ったのだろう、今光源氏が声を出した。
「もう、夏休みも終わりだな」
「そうだね・・・・・・」
 一抹の寂しさが、二人の間を流れた。今夏は、たくさんの思い出が詰まっている休みだった。それが、終わる。
 海水浴のときの傷も、それを癒す夏祭りも。やりたくないと散々わめきながらも課題を手伝ってもらったこともあった。毎夜の小さな会話が積み重なり、もう二ヶ月。そして、今回の帰郷。
 全てが今、思い出になって溶けてゆく。