大して考えることもなく、部屋は左右半分ずつ使うことになった。私は入って左側を使わせてもらうことになった。

 美傘の持ち物を右側へ寄せ、それぞれの部屋から向き合うようにして座った。

 「お綺ちゃんは、刀を二本も持っているのね」

 「一本は模造刀」

 「模造刀……贋物ってこと?」

 「そう。だから切れない」

 「護身用かなにか? それなら懐刀があるのに」

 「父の形見。真剣は父のものだから、私のものとして作ってもらった」

 「そうなのね」と美傘は哀しい顔をする。眼が濡れているように見える。

 「父は、刀になった。永遠になったのだ。いつの日か、きっと助けてくれる」

 微かに、美傘が笑った。「私ね、一度、お綺ちゃんをあやかしだと思ったの」

 「そういえば、旦那さまもそのようなことを仰った」人間だったかといったのは、恐らくはそういうことなのだろう。

 「きっと、真剣の方にお父上がいらっしゃるからだわ」と美しく瞼を下ろし、それからいたずらに笑う。「これでは、お綺ちゃんのことは虐められないわね」と。

 「それは勘弁だ」と笑い返すと、「大丈夫よ」と美傘はいう。

 「みんな、睦まじく暮らしているわ。時時の仕事と、久菊さまのことしか考えていないのよ」

 「皆にとって旦那さまはそれほどの人なのか」

 「それはもう、恩人だもの。みんな、久菊さまが望まれるのならなんでも擲つ覚悟よ」

 擲つ、という言葉には、どうも父の影が薫る。

 「命さえも、か」

 「そうね、私たちに命と呼べるものがあるかはわからないけれど、いるべきところに戻ることをそういえるのなら、私たちは命さえも差し出すわ」

 「悔いはないか」

 「もちろん」と美傘は軽やかに頷く。「そのときまで久菊さまにお仕えできたことが私たちの最大の喜びよ」

 「そうか」

 私は刀袋に入れた真剣に指先を這わせた。父も、悔いはなかっただろうか。最期、父はなにを思っただろう。

 「そうだ」と美傘が思い出したように声を上げた。「あちらから箪笥を貰ってくるといいわ。刀って、陽光や湿気に弱いというじゃない」

 私の箪笥はもういっぱいで、と美傘は苦笑する。

 なんでもないような口調に驚いた。「旦那さまに物乞いをするのか」

 「久菊さまは恩人でここの主だけれど、そうね、年上の家族のようなものなのよ」

 「そう……」

 「そんなに気を張らなくていいのよ。そうね、鳩司が気を遣いすぎているのよね。確かに久菊さまにはなんでも差し出す心づもりだけれど、主従関係のようなものではないのよ」

 「そうか……」

 「不安なら一緒にいってあげるわ。でも、そうね、藍一郎さんはお綺ちゃんに会いたいのだろうけれど」

 「女好きだというけれども、どうして私なんだ」

 美傘は少し淋しそうな眼をしてから、「人間だからよ」といった。

 「私たちは人間ではない。藍一郎さんは人間が好きなの」

 「ほかに人間は」

 「いるけれど、そうね、好みとは違うのではないかしら」

 藍一郎さまが気に入って下さるのなら、私としては嬉しいことだ。どこか通ずるものがあればいい。藍一郎さまが受け入れて下されば、私は名を残せる。また武家として続けていけるかもしれない。