「散歩にでも出るのかい」と尋ねられ、私は「いや」と答える。

 「ふと、不安になったんだよ」

 「なにがだい」

 「私に、他人の家を奪った代償を払えるだろうか」

 「なに」と彼は軽やかに笑う。

 「我がおろう、なにも不安に思うことはないさ。君はどうせ、人かあやかしかを見分けられる。ふらっと出かけて、あやかしを連れてきて、我が情念を鎮め、二人で、せめて彼らの望む形で時間を過ごしてもらう。次の世を迎えにいくか、あちらの宿で働くか、ね」

 やはり、頭には梶澤佐助の言葉がこびりついている。彼のいったこの寺のことが事実であれば、やはり私はここの主を名告るのにふさわしくないと思う。

 「君はこの寺のことを知っているかい」と私は尋ねた。

 「あの愉快な人間のことだね」と彼は当然のようにいった。

 「それでは、やはり私はここにふさわしくないと思うのだよ」

 「しかし、旦那が認めたのであろう。なにも疚しく思うことはない」

 私がなにもいえずにいると、彼はまた笑った。「それじゃあ我はどうなる」と。

 「なぜなんの関係もない我が、ここで偉そうにしている。まるで我の作った寺であるように、幾つもの情念を断ち切った。旦那は、はなからここを長く続けようなどとは思っていなかったのだよ。君もそれを知っているのだろう」

 「旦那さまから聞いたわけではない」

 「その口の軽い者がどこまで喋ったか知らないけれどもね、しかしそれは誠だよ。君は堂々とここを継げばいい。旦那には旦那の望みがあるのだよ。あれもまた貪欲な男だね」ちと驚くよ、と彼は肩をすくめる。

 「梶澤佐助という男を知っているかい」

 彼は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにふっと笑った。「なるほどね」と頷く。

 「ありゃ旦那にくっついてるしがない浪人だよ」

 私は苦笑した。「あんな大人まで連れてきたのですか、久菊さまは」

 「あの男らしいだろう。ところで、佐助にはどこで会ったんだい」

 「朝、野菜を採りに畑へ出たときに」

 「ほう」

 「しかし、浪人か。私が見たときには立派な服を着ていたよ」

 使用人と聞いたからそれにしてはと思ったが、浪人でも同じことだ。

 「そりゃあ、旦那が与えたんだろうよ」

 「食事も共に摂ったりしない」

 「内気なんだろう。あるいは、旦那に拾われたっていう身分が小っ恥ずかしかったか。君と違って息子と呼んでもらえるわけでもないんだ、そうそう顔を合わせたくはないだろう」

 「なるほど、」

 しかし、彼は別れ際、なにかあれば声をかけろといった。私たちに会いたくないような内気な者がそんなことをいうだろうか。

久菊さまにとって用のない存在になるのが怖いといっていたから、出会ってしまった以上、私たちと関係を築くことで、この家に残ろうとしているのか。

なるほど、妖怪や盗人よりずっと有力な正体ではある。

 しかし、久菊さまに仕えているというが、なにをしているのか。ああ、この寺の清掃か?