朝餉のあと、藍一郎さんは私室に入り、菊臣さんはその隣の私室で貸本を開いた。今週に返すのだといっていたのを思い出す。

 私は廊下に出て、玄関外の階段を廻廊まで下り、廻廊を通って表の寺の方へ向かった。

 華美な装飾、だだっ広い空間。私は廻廊から、それを眺めた。

 「近頃は平和だね」と穏やかな声がした。正面の大きな台に、頭に二本のつのを生やした男が脚を下ろして座っている。

 「そうですね」と答えると「相変わらず堅苦しいね、君は」と彼は苦笑する。

 「君だって我とそう違わない存在だろう。君のようなものは上に、我は下に、人々はそう想像して、なにやら日々を豊かにしておる」

 彼は派手なそちらから、畳が広がるだけのこちらに飛び出してきた。

 「しかし、仕事のないここというのは実に心地がいいね」

 「そう、」

 「誰だい、鬼は暴力的な存在だなんて世に広めたのは」と彼は笑う。

 「相手が悪霊といったってね、心苦しいのだよ。なにせ彼らも、元はどこにでもあるものだったんだ。捨てられた、体が死んだ、そんなことからなんとかこの世にいられないかと願い、人間の体を借りてみても、気味が悪いといってこういうところに駆け込まれる。そして結局、我のような者に、その失いたくもない情念を断ち切られるのだ」

 いってから、彼は「ああ」と哀しげに呟いた。「君には嫌な話だね」と。

 「そんなことは」と私は答えた。私には、悪霊に奪われたものなどないのだ。

 「ところで、世の中には愉快な人間がいるものだよね」彼は前髪を指先でいじった。「三つ眼の鬼を拾うのだよ。邪鬼の象徴ともいえよう、三つ眼の鬼だ。伸るか反るか、四つ眼の鬼をというのならまだわかるが」

 「確かに四つ眼の鬼といえば、一部の地域では、良心を持った稀少な個体に遭遇すれば生涯安泰といわれていますね」

 彼は一つ頷いて、「しかし三つ眼の鬼にはそういう伝説もない」といった。「賢いばかりの悪鬼だよ」と。

 「両親を探す十七歳をも拾うお方、なんだって連れてくるでしょう」

 十七歳ともなればもはや大人、放っておいても野垂れ死ぬことはなかろうに。しかもそれに家を渡してしまうのだから、久菊さまが今後なにをしようと、もはや驚かない。どんな足跡を見せられても同じことだ。